過払い金|労災の一部を社員に渡していない疑い

破産
管財人
執行

主文

1被告AことBは,原告に対し,1060万8161円及びこれに対する平成13年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告の被告AことBに対するその余の請求及び被告C株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,被告C株式会社に生じたものは原告の負担とし,その余の訴訟費用については,これを5分し,その3を原告の負担とし,その余を被告AことBの負担とする。
4この判決は,第1項につき,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1被告AことBは,原告に対し,2527万9269円及びこれに対する平成13年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告C株式会社は,原告に対し,2453万5669円及びこれに対する平成13年6月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1本件は,被告AことB(以下「被告B」という。)あるいは被告C株式会社(以下「被告会社」という。)に雇用され稼働中,落下したパイル(鋼材)と作業台との間に挟まれ,両足を骨折したとする原告が,被告らに対し,安全配慮義務違反を理由とする損害賠償を求めるとともに,被告Bに対し,同人が原告のために代理受領した労災保険給付のうち原告に渡していない分について不当利得返還を求める事案である。
2争いのない事実
(1)当事者等
ア原告は,大韓民国籍の男性であり,D株式会社(以下「D」という。)の従業員として,被告会社が建物を所有する愛知県海部郡E村所在の工場(以下「E工場」という。)の一画で稼働していた。
イ被告会社は,被告Bが代表者を務める,鋼材の加工及び販売を目的とする株式会社であり,その本店所在地と被告Bが経営するAの事業場の所在地は,いずれも名古屋市熱田区a町b丁目c番d号である。
ウDは,E工場の一画で,自己所有のクレーン設備等を使用して,被告会社の下請け等の仕事をしていたが,平成11年9月10日と同年10月10日に手形不渡りを出して倒産した。
(2)事故の発生等
ア平成11年11月10日午前8時30分過ぎころ,原告がE工場において,倒れてきたパイルと作業台との間に足を挟まれ,骨折の傷害を負った(以下「本件事故」という。)。
イ被告Bは,原告の本件事故について,原告の事業主として労災の申請手続をした。
(3) 後遺障害
原告は,本件事故後,社会保険中京病院(以下「中京病院」という。)及び医療法人笠寺病院(以下「笠寺病院」という。)に入院,通院して治療を受け,平成12年12月7日付けで症状固定と診断された。
(4)労災保険給付
原告は,労災保険から,療養補償給付として7万7350円,休業補償給付として269万2035円,障害補償一時金として448万6725円の給付を受けた。
(5)被告Bの代理受領
被告Bは,津島労働基準監督署から,休業補償給付として269万2035円,休業特別支給金として89万7345円を原告のために代理受領し,そのうち284万5780円を原告に引き渡した(更に30万円を引き渡したかについては,当事者間に争いがある。)。
(6)原告の請求
原告は,被告Bに対し,平成13年4月4日到達の内容証明郵便で,本件事故による損害賠償金並びに被告Bが津島労働基準監督署から原告の休業補償給付269万2035円,休業特別支給金89万7345円を代理受領しながら,そのうち284万5780円しか引き渡さず,74万3600円を原告に渡さなかったことによる不当利得金を支払うよう請求した。
3争点
本件の主な争点は,(1)原告と被告らの雇用関係,(2)本件事故の態様,(3)被告らの責任原因,(4)過失相殺の要否,(5)原告の損害額,(6)被告Bの不当利得の有無である。
(1)原告と被告らの雇用関係
ア原告の主張
(ア)被告Bは,Dが平成11年9月10日に手形不渡りを出し,事実上倒産したため,原告を直接雇い入れ,E工場で引き続き被告会社の仕事に従事させた。
被告Bが原告を直接雇い入れた経緯は以下のとおりである。
すなわち,Dが平成11年9月10日に手形不渡りを出し事実上倒産した当時,Dには3名の大韓民国人労働者(原告のほか,日本人名がF,G)と数人の日本人労働者が働いていた。
被告Bは,自らが代表者を務める被告会社がDに下請けに出していた仕事が,Dの倒産によりストップしたため,原告を含む3名の大韓民国人労働者との間において雇用契約を直接締結し,平成11年9月21日から,被告会社の仕事に従事させた。
被告Bと3名の大韓民国人労働者との間の雇用契約の締結交渉については,被告会社の従業員であるHと大韓民国人労働者3名の代表者であるFとの間で行われた。
その際,Hは,「Dで働いていたときと同じ労働条件で,仕事の内容も従前と同じ」という条件で,被告Bにおいて雇いたい旨の提案をなし,大韓民国人労働者3名がその条件提示を受け入れたため,被告Bと大韓民国人労働者3名との間で,雇用契約が締結されるに至った。
なお,被告Bが大韓民国人労働者だけを雇用したのは,大韓民国人労働者の方が日本人労働者よりも給料が安かったからである。
これに対し,被告Bは,「Dが不渡りを出した後も,Dの従業員は引き続きDのヤードでDが受注した仕事を行っていた。」と主張し,原告との雇用関係を否定する。
しかし,手形の不渡りを出して,代表者も行方不明となり,給料の支払がなされるのか否かも分からないような状況において,Dの従業員が引き続きDが受注していた仕事を行っていたなどということはあり得ない。
Dの従業員であった大韓民国人労働者3名は,Dが倒産して途方にくれていたところ,被告Bが直接雇用して給料を支払うことを約束してくれたので,それ以後は,被告Bの指示に従って,仕事を続けることにしたというのが実態である。
被告Bは,大韓民国人労働者3名を雇用するに際し,クレーンの資格の有無や在留資格について,原告に聞いたこともないし,それについて調査をしたこともなかった。
被告会社が所有する工場内においては,クレーンの無資格者やオーバーステイの外国人労働者が多数働いており,被告Bは,大韓民国人労働者3名にクレーンの資格がないことや,彼らが皆オーバーステイであることを当然知っており,それを承知の上で,大韓民国人労働者3名を雇用していた。
原告は,観光ビザで日本に入国したもので,被告Bに雇用された当時既にオーバーステイの状態にあった。
原告が行う作業については,Hから指示されていた。
本件事故が起きたときに原告が行っていた作業についても,事故が起きた前日に,Hから,「急ぎの仕事が入ったので,今している仕事を中断して,急ぎの仕事の方を優先してやってくれ。」と指示されて行っていたものであった。
原告は,平成11年9月分までの給料をDから支給されていたが,平成11年10月分の給料については,被告Bから支給されていた。
これに対し,被告Bは,平成11年10月分の給料について,Dの代表者に代わって支給していた旨主張する。
しかし,1Dから渡された平成11年9月分までの給料明細書の用紙と被告Bから渡された平成11年10月分の給料支払明細書の用紙が異なっていること,2被告Bから渡された給料支払明細書には,係印として,事業主の「B」の印鑑が押印してある上,所得税も被告Bから源泉徴収されていること,3被告Bは,Dが平成11年11月5日に破産宣告を受けた後も,原告を含む3名の大韓民国人労働者を雇用し続け,被告会社の仕事に従事させて給料を支払っていたことなどの事実からみても,被告Bが,事業主として,原告を雇用し,その労働の対価として給料を支給していたのは明らかである。
さらに,被告Bは,本件事故後,津島労働基準局へ労災保険の申請を行っているが,その申請手続において,原告を雇用したことを自認している。
ちなみに,労災保険の申請は,被告Bが原告の了解を得ずに勝手になしたものであり,原告は被告Bが労災保険の申請をしたことを全く知らなかった。
これに対し,被告Bは,人道的見地から,上記申請を行った旨主張するが,かかる主張は偽善的主張としか言いようがない。
被告Bは,人道的見地から労災保険の申請を行ったのではなく,原告から多額の賠償金の請求がなされるのを恐れて,窮余の策として仕方なく労災保険の申請をしたにすぎない。
しかも,被告Bは,原告がオーバーステイであることを知っており,そのような人物を雇用していた事実を隠ぺいするため,事業主をDとして労災保険の申請ができないかと画策した。
しかし,結局,Dを事業主として労災保険の申請をすることができないことが判明したため,やむなく自らが事業主であることを認めて,渋々その申請をしたにすぎないのである。
以上のとおり,1Dは平成11年9月ころ手形の不渡りを出して事実上倒産し,同年11月5日に破産宣告を受けていたこと,2本件事故はDが破産宣告を受けた後に起きたものであること,3被告Bは,Dの社長から,Dに代わって給料を支払うよう依頼され,平成11年10月分から,原告に給料を直接支払うようになったこと,4原告に支給した給与明細には,「B」という認証印が押印してあること,5被告Bは,雇用主として労災の申請書類に記名押印していること,6被告Bは,本件事故後も原告の同僚のFやGをE工場で働かせ,給料も支払っており,その旨給与台帳に記載されていること,7原告が働いていたE工場は,被告Bが代表者を務める被告会社が所有する建物であること,8Dの下請であったIは,Dが倒産した後,被告会社の下請
になったことなどの事実からすると,本件事故が起きた当時,被告Bと原告との間に雇用関係が成立していたことは明らかである。
(イ)あるいは,原告と被告Bとの間に雇用契約が締結されていなかったとしても,原告は,Dが倒産した後,被告会社の工場内において,被告会社の仕事に従事していたのであるから,原告と被告会社との間に雇用契約が締結されたものである。
イ被告らの主張
(ア)被告Bが原告と雇用契約を締結していたという事実は存在しない。
Aは,もともとE工場とはかかわりがなく,その従業員もE工場で働いていたことはない。
Aと原告が,本件事故以前に雇用について合意をした事実はなく,原告らDの外国人労働者を雇用する手続をしたこともなかった。
被告Bが原告の雇用主となっているのは,原告に対する労災給付申請という書面上の理由のみであり,被告Bが原告を雇用したとの事実は全くない。
被告Bは,原告を指揮命令する立場になかった。
Aは,建設現場等で働く人夫等を雇用していたが,本件事故が起こった当時,その従業員数は5名で,すべてE工場とは無関係の建設現場等での業務に従事しており,E工場の業務とは全くかかわりがなかった。
E工場での作業は,被告会社から発注した鋼板の加工等の業務であり,Dが所有する設備でDが行っていたものであり,Aは何のかかわりもなかった。
Dは,E工場の第1,第2,第3ヤードの敷地を被告会社から賃借し,そこに門型クレーン,天井クレーン,溶接機,洗浄機などの設備群を所有して,鋼材の加工などの業務を行っていた。
Dの業務は,被告会社の下請の仕事もあったが,他にJ,K等の仕事を独自に受注して行っていた。
被告らは,Dがだれをどのように雇用するのかについて全く関与していなかった。
Dは,平成11年9月10日第1回目の手形不渡りを出し,同年10月10日に第2回目の手形不渡りを出して事実上倒産したが,Dの代表者のL(以下「L社長」という。)は,第2回目の手形不渡りを出した後,E工場に来なくなり,このころDが破産の申立てをするとの噂が立った。
しかし,Dが手形不渡りを出した後も,Dの従業員は,引き続きDのヤードでDが受注した仕事の残務を行っていた。
Dが破産宣告を受けるまで,DのL社長の弟であるMが工場で指揮をとり,同人が不在のときにも受注済みの仕事はDの親方格のFが残りの従業員を指揮してDの従業員の判断で行っていた。
Dの平成11年10月分の給料は,通常ならば同月末日に支払われるべきものであったが,L社長がE工場に出てこない状況で,原告らに対してDからの賃金の支払がなされないおそれがあった。
被告Bは,原告らDの従業員が,なおDの仕事を行っており,しかも賃金の遅配は彼らの生活の困窮に直結しそうであったために,これを見かねていたところ,L社長から連絡があり,被告BのDに対する請負代金の中から,原告らの賃金に相当する部分について,支払ってやってもらえないかとの依頼があった。
そこで,被告Bは,Dの給与基準に従った金額を,L社長に代わって,原告らDの従業員に対して同年11月1日に渡した。
Dが破産したのは平成11年11月5日であり,本件事故は同月10日とわずか5日後のことである。
その間,前記のとおり,Dの従業員は,E工場内で相変わらずDの残務を行っていたものであって,本件事故時には,被告Bにおいて,Dが破産宣告を受けたという事実を知るや知らずの時期であり,外形的にはDが稼働していたときと何ら違いがなかった。
被告Bが,原告と被告Bとの雇用の形式を作出したのは本件事故後のことであるから,本件事故前に被告Bが原告を指揮命令する立場になかったことはいうまでもない。
原告は,雇主を失い,行くところもなくなっていた矢先に本件事故に見舞われた。
被告Bは,その不遇と病状の深刻さを見かねて,少しでも助けになればと労災申請する方法を探し,形式的に雇用主となったものである。
すなわち,本件事故後,原告は海南病院に運ばれ,その後中京病院に移送されて手術が行われた。
Hは,原告の手術がかなりの大掛かりなものであって,面会謝絶の状態であることや,原告には治療費のあてのないことを知り,何とか原告に治療を受けさせることができないかと考えた。
そして,被告Bに対して,原告の治療について協力してやってもらえないだろうかと
持ち掛けた。
被告Bは,原告の治療費等について,当然Dの労災が適用されるものと思っており,Hの言葉に対して,なぜ自分が労災申請をしなければならないのかと疑問を持ったが,Dに対して破産宣告がなされており,Dの労災が原告に対して適用されないこと,原告が正規の労働ビザを持たない外国人であって,日本に家族もおらず,満足に治療費を準備できないことを知り,原告の傷害の程度が重いことから,このまま放っておくことはできないと同情し,普段自分の会社の労働保険を任せている労働保険事務代行業者に相談を持ち掛け,同業者の担当者が労働基準監督署に打診したところ,未加入災害という扱いならば原告に対して保険が適用され得るとの回答を得た。
未加入災害として扱うためには,被告Bが,Dが倒産したため原告を雇い入れ,
加入手続をする間もなく労災事故に見舞われたとの体裁をとる必要があった。
そこで,被告Bは,親族も知人もおらず重傷を負った原告を放っておけないという人道的見地から,労働基準監督署に対して虚偽報告になってしまうことも覚悟して労災保険の申請に踏み切ったのである。
被告Bが,労災申請の書類上,原告の使用者となったのは,あくまで本件事故後,原告に何らかの補償を受けさせるための便法にすぎず,これをもって原告と被告Bとの間に雇用契約が締結されていたという原告の主張は,全く事実に反するものである。
(イ)被告会社と原告との間に雇用契約はない。
被告会社は,鋼板のリサイクル業を行い,その営業を主な業務として行っていた。
従業員は,本件事故当時,3人のみであり,鉄板の加工等を自前で行うことはもともと想定されていない会社である。
被告会社が,Dが不渡りを出した後も,Dに仕事を発注できたのは,Dが代表者はおらずとも従前と変わらずにDとして業務を行っていたからにほかならない。
被告会社が,本件事故の際原告が作業していた鋼材についての仕事を発注したのは,平成11年10月中であり,まだDが破産宣告を受ける前のことで,かつ,Dの社長の弟であるMが,E工場において実質的に指示を行い業務を行っていた時期のことであった。
被告会社からの発注は,E工場に併設されているDの事務所にファックス送信する形で行われていた。
Dでは,特殊な鋼材等,製品についての綿密な打ち合わせが必要な場合以外は,そのファックスの内容で仕事の内容がすべて分かる仕組みとなっており,発注した被告会社が具体的な指示をする必要はなかった。
本件事故時,被告会社は,日商岩井鉄鋼リース株式会社名古屋から,FSP3鋼板等の注文を受けており,この加工をDに発注した。
その納期は,平成11年11月15日であり,決して急ぎの仕事というわけではなかった。
当該製品は,同月15日に日商岩井鉄鋼リース株式会社名古屋に納入された。
なお,FSPとは,F型シートパイルのことで,6メートルをつなぎ合わせて12メートルのシートパイルにすべきものであった。
(2)本件事故の態様
ア原告の主張
本件事故の前日である平成11年11月9日,原告がE工場で働いていたところ,Hが,原告ら大韓民国人労働者のところにやってきて,「急ぎの仕事が入った。
現在している作業を中断し,新しい仕事の方から先に取り掛かってくれ。」旨の指示をした。
そこで,原告ら大韓民国人労働者は,Hからの指示に従って,それまでしていた作業を中断し,急ぎの仕事に取り掛かり始めた。
平成11年11月10日,原告は,午前8時30分ころから,E工場で作業を始めた。
原告は,当日,他の大韓民国人労働者2名(FとG)と共同して,3メートルくらいの長さのパイルと4メートルくらいの長さのパイルを溶接して,7メートルくらいの長さのパイルを製造する作業を行う予定であり,本件事故はその作業を始めた直後に起きた。
本件事故が起きたとき,FとGは,工場の外で,不ぞろいの長さのパイルを切断し4メートルの長さに切りそろえる作業をしていた。
原告は,工場の中で乙6添付の「クレーン配置図」に記載の9の4.9トンクレーン(以下「本件クレーン」という。)を操作して,FとGが切りそろえた4メートルのパイルを工場の外から中へ運び,溶接がしやすいように,4メートルのパイルの端と3メートルのパイルの端をそろえて並べる作業をしていた。
パイルの端がそろっていないと,溶接がしにくいばかりでなく,積み重ねたパイルが荷崩れして事故が起きる危険性があったので,原告は特に慎重に作業をしていた。
原告は,パイルの端をきちんと合わすため,本件クレーンの可動スイッチと停止スイッチを交互に押して,パイルの位置の調整をしていた。
そのとき,動いていた本件クレーンが突然停止し,本件クレーンをつっているワイヤーが下に伸び,パイル十数枚をつっている本件クレーンごと下に落ちた。
そして,パイルが地面に落ちた(着いた)反動でパイルをつっていたワイヤーが緩み,原告がいた位置からみてパイルを挟んだ反対側のワイヤーが本件クレーンのフックから外れた。
ワイヤーが外れたパイルは,地面に落ちた反動でバウンドして,原告の方に倒れてきた。
原告は,とっさの出来事であったため,倒れてきたパイルを避けることができず,原告の後ろにあった作業台とパイルの間に両足を挟まれ,複雑骨折してしまった。
これに対し,被告らは,原告が主張する事故態様では本件事故は起こり得ない旨主張し,その根拠として,1クレーンの構造上,ブレーキが二重に設けられており,突然落下することはあり得ないこと,2クレーンのフックにはストッパーが付いており,きちんと玉掛けがなされておればワイヤーのフックが外れることはないことを挙げている。
しかし,被告らの主張は,以下に述べるように被告の独断に基づくものであって,何の説得力もない。
被告は,原告が使用していた本件クレーンには二重のブレーキユニットが備わっているため,本件クレーンが突然落下することはあり得ない旨主張する。
しかし,本件クレーンに二重のブレーキユニットが備わっていたとしても,それが故障していたとすれば,本件のような事故が起きることも十分あり得る。
本件において,通常では起こり得ないような事故が起きたということは,経験則上,本件クレーンに何らかの異常(故障)があったとみるのが自然である。
E工場にはクレーンが15台あったが,そのうち原告が作業していたヤード(コーナー)にはクレーンが5台(4.9トンクレーン2台,2.8トンクレーン3台)あった。
原告が日ごろ使用していた上記のいずれのクレーンも本件事故が起きる前から故障がちで,作業中にクレーンが停止するこ
とが何度もあった。
人身事故には至らなかったが,クレーンが突然停止してパイルが落下したところを原告が目撃したこともあった。
また,それだけでなく,リモコンの左へ動くスイッチを押すとクレーンが右に動いたり,リモコンの可動スイッチのボタンを離すとクレーンが停止する構造になっていたにもかかわらず,ボタンを離しても停止せず,そのままクレーンが動き続けて荷物が落下するということもあった。
それにもかかわらず,被告Bは,クレーンの業者を呼んできちんと修理するようなことはせず,クレーンをそのまま原告に使用させていた。
なお,原告が同僚のFから聞いたところによると,被告Bは,本件事故が起きた1週間くらい後に,クレーンの業者を呼んで,本件クレーンの修理をさせたとのことである。
これに対し,被告らは,「Dは,クレーンの点検をきちんと受けており,本件事故の少し前にも点検を終えていた。
本件事故後,労働基準監督署の調査に対しても,かかる点検経緯を報告しており,クレーンの整備不良は考えられない。」旨主張するが,「天井クレーン点検報告書」(乙6)を提出するのみで,十分な立証をしていない。
しかも,上記「天井クレーン点検報告書」ですら,その信ぴょう性に疑問がある。
すなわち,上記「天井クレーン点検報告書」の点検日付は「平成11年10月1日」で,本件事故が発生する39日も前のことであるから,仮に,平成11年10月1日の時点で本件クレーンに異常がなかったとしても,本件事故があった平成11年11月10日の時点で異常がなかったとはいえない。
また,上記「天井クレーン点検報告書
」によると,点検月日は「平成11年10月1日」になされたとのことであるが,その時点において,Dは手形の不渡りを出して事実上倒産し,社長の行方も分からないような混乱した状態であり,そのような状況において,Dがクレーンの点検を受けていたというのは余りに不自然である。
さらに,日常的にクレーンを稼働していたのなら,E工場にあるクレーン15台の510の点検項目(クレーン1台の点検項目34か所×15台)のうち,いくつかの点検項目に異常があってもおかしくはないのに,それらのすべての項目に異常がないというのもかえって不自然である。
そのほか,上記「天井クレーン点検報告書」には,クレーンのフックに安全用ストッパーの欠落及び瑕疵という異常があったにもかかわらず,これが見落とされ,一切記載されていな
い。
すなわち,原告が作業していたコーナーに設置されていた5台のクレーンのうち,フックにストッパーが付いていたのは1台だけであり,それ以外の4台のクレーンにはストッパーが付いていなかった。
さらに,その唯一付いていたストッパーも故障しており,その機能を全く果たしていなかった。
本来,ストッパーの先は,フックの先と接着し,透き間ないようになっていなければならないが,原告が作業していたコーナーにあったクレーンのフックのストッパーの先はフックの先と接着しておらず,フックに掛けたワイヤーが簡単に外れるようになっていた。
クレーンに唯一付いていたストッパーが故障して全く機能していなかった様子は,被告が提出した証拠写真(乙1の写真7,9)にも写っている。
以上の点からすると,上記「天井クレーン点検
報告書」に「異常なし」と記載されているからといって,本件事故の発生原因がクレーンの故障によるものではないと断定することはできない。
ストッパーの欠落は一目瞭然で,もし本当にきちんとクレーンの点検をしていたら,その異常を見落とすというようなことはあり得ないから,そのような記載がされている点などから考えると,業者によるクレーンの定期点検が本当に行われたのかそれ自体疑わしいし,仮に定期点検が行われたとしても,その点検の仕方は極めて杜撰といわざるを得ず,それに基づく報告書を信用することは到底できないというべきである。
いずれにせよ,「クレーンにストッパー(外れ止め金具)が付いていた」という被告らの主張が事実に反することは,上記事故現場写真に写っている本件クレーンのフックの状態から見ても明
らかであり,安全用のストッパーですら付いていないような状態であったのであるから,原告が使用していた本件クレーンに何らかの異常や故障があったとしても何ら不思議ではなく,それが原因でクレーンが作動中突然停止し,それをつっているワイヤーが緩んでクレーンが落下したということも十分あり得るのである。
クレーンに外れ止め金具が付いていなかった場合,パイルが地面に着いたとき,その衝撃でワイヤーが外れることがあり得ることは,証人Iも認めているところである。
これに対し,被告らは,ブレーキの故障で本件クレーンが下に落ちたのなら,クレーンをつっていたワイヤーが下に伸びきっているはずで,クレーンが空中につった状態になっているはずはないと反論する。
しかし,日立Vシリーズホイスト取扱説明書(乙9)の「ホイストのブレーキ」の欄には,「このホイストのブレーキは,ブレーキライニングの摩耗量に追従して自動的にブレーキギャップが調整されるようになっているので日常の調整は必要ありませんが,ブレーキライニングが,摩耗限界に近づくと停止時のスリップ量が大きくなります。」と記載され,さらに,「補助制動装置」の欄には,「このホイストには減速機構と一体になった補助制動装置がついています。
補助制動装置は万一,主ブレーキの制動力が甘くなって荷が加速落下した場合に働
く非常用ブレーキで通常状態では働きません。」と記載されている。
上記取扱説明書の記載内容からすると,主ブレーキのブレーキライニングが摩耗し,その限界を超えたため,クレーンが落下したが,クレーンが地面に落ちる前に補助制動装置が働いてクレーン自体は空中で止まった(ただし,クレーンがつっていたパイルは地面に落下し,その衝撃でパイルをつっていたワイヤーがクレーンのフックから外れた。)という事態が起きることは十分考えられる。
むしろ,クレーンが落下したならクレーンが地面に落ちているはずであるという被告らの主張の方が,クレーンのブレーキ構造を無視した主張といわざるを得ない。
また,被告らは,原告の受傷後,原告に乗り掛かったパイルを移動するため,事故後直ちにクレーンを用いていることからも,異常がなかったことが明らかである旨主張する。
しかし,本件事故が起きたときに原告が使用していた本件クレーンは4.9トンクレーンであるが,原告に乗り掛かったパイルを撤去するために使用されたクレーンはそれとは別の2.8トンクレーンであると思われるから,被告らのかかる主張は失当というべきである。
さらに,被告らは,クレーンのフックにはストッパーが付いており,きちんと玉掛けがなされておればワイヤーのフックが外れることはない旨主張している。
しかし,本件事故が起きた直後に愛知県蟹江警察署の警察官が事故が起きた現場の状況を撮影した甲19の2の「作業事故現場写真」の6番と8番の写真には,原告が本件事故時に使用していた本件クレーンが写っているが,そのフックには安全用のストッパー(外れ止め金具)が全く付いていなかった。
原告が本件事故時に使用していた本件クレーンには本来付いていなければならない安全用のストッパーが付いていなかったのであるから,仮に原告がきちんと玉掛けをして作業をしていたとしても,クレーンが落下した衝撃で,パイルをつっていたワイヤーが緩んでフックから外れることは十分あり
得るのである。
また,被告らは,「鋼製枕木から10センチメートルの高さから,パイルが勢いよく落下することなどそもそも考えられない。」旨主張する。
しかし,被告らのかかる主張こそ,被告らが本件事故の態様を全く理解していないことの証左である。
すなわち,原告は,本件事故が起きたとき,パイルを十数枚重ねて本件クレーンで運んでいた。
十数枚のパイルを重ねるとその高さは1メートルくらいになる。
原告は,本件事故が起きたとき,地表から20ないし30センチメートルくらいの高さにある鋼製枕木に乗って作業をしていた。
そのため,本件クレーンでつったパイルの一番高い部分は,地表から約140ないし150センチメートルの高さがあり,一番低い部分でも,地表から約40ないし50センチメートルの高さがあった。
本件においては,その重
ねたパイルが地面に落ち,その反動でバウンドして,原告の方へ倒れてきたのである。
もともと,原告が工場の外から中へ運んでいたパイルは,しっかりと固定して重ねられていたわけではない上,1枚のパイルの長さも4メートルくらいあったため,かなり不安定な状態であったのである。
したがって,それらのパイルが地面に落下した衝撃でバウンドし,荷崩れを起こして原告の方に倒れてくることは十分あり得ることであって,そのような事態が起きることは絶対にないと断定することはできないのである。
また,原告とパイルの間になおワイヤーがフックに掛かった状態であったしても,4メートルの長さがあるパイルが原告の方に倒れてくるのを防ぎきれるものではない。
以上述べたとおり,被告らは,原告が主張する事故態様では本件事故は起こり得ないと主張しているが,被告らのかかる主張自体全く根拠がないというべきである。
被告らは,本件事故の態様について,「クレーンを扱う資格のなかった原告が,パイルをつっていたワイヤーをすべて外すのを怠り,さらにこれに加えて原告の側のワイヤーのみを外して(原告と反対側のワイヤーのクレーンのフックに掛けたままで)クレーンを上げたために,パイルが原告の方に倒れてきたというものである。」と主張する。
しかし,本件事故は,パイルを移動していたときに起きたものであり,ワイヤーを外してクレーンを上げたときに起きたものではない。
原告にクレーンを扱う資格がなかったからといって,本件事故が原告の誤ったクレーンの操作によって起きたと断定することはできない。
クレーンを扱う資格があるからといって常に正しい操作をするとは限らないし,また逆に,クレーンを扱う資格がなかったからといって,常に誤った操作をするとも限らない。
ちなみに,原告にはクレーンを扱う資格はなかったが,長年にわたってクレーンを操作して作業をしていた実績があり,クレーン操作の初心者ではなかった。
結局,被告らの上記主張は,確たる証拠に基づく主張ではなく,原告にクレーンを扱う資格がなかったことと誤ったクレーン操作をしたことを強引に結び
つけようとする憶測的な主張にすぎない。
更に問題なのは,被告らは,本件事故の態様について,まるで直接目撃したかのごとき主張をしているが,そもそも本件事故が起きたときの状況を目撃しているのは原告しかいないということである。
この点につき,被告らは,「本件事故態様を最も詳しく知っているのは,事故直前の現場を見たり,事故直後に原告の救助に当たったNである。」と主張しているが,Nなる人物の供述内容に関する証人Iの証言はそもそも伝聞にすぎず,Nなる人物は既に死亡し,具体的にどのような供述をしていたのか明らかでない。
また,そもそもNなる人物が本件事故現場に本当にいたかも定かでないし,仮にいたとしても,被告らが自認し,証人Hの証言からも明らかなように,Nは本件事故が起きた瞬間の状況を目撃していたわけではないから,かかる人物の事故態様に関する供述も単なる憶測にしかすぎない。
また,前記のとおり,被告Bは,労災保険の申請をしているが,その際,原告に対し,本件事故の態様に関する事情聴取を全くしていない。
特に本件においては,本件事故が起きたときの状況を直接目撃していたのは,被害者である原告しかいなかったのであるから,通常であれば,原告に対する事情聴取があってしかるべきである。
しかし,本件においては,被告Bはそのような事情聴取を一切せず,本件事故は原告の自損事故であると一方的に決めつけている。
被告Bが原告から事情聴取をしようとすればできたにもかかわらず,あえてそれをしなかったのは,本件事故が起きた原因を原告のせいにして,自らの損害賠償責任を免れようとする意図に基づくものであるから,被告らの本件事故態様に関する主張を信用することは到底できない。
原告が労災の申請書類(乙21の1)に署名押印したのは事実であるが,それをもって本件事故が原告の自損事故であったことを原告が認めていたということにはならない。
けだし,そもそも原告は日本語を読むことができないし,被告らから,労災の申請書類の内容について,具体的な説明は一切なされていなかったからである。
原告は,Hから,「労災の申請書に名前を書いて判子さえ押せば保険金が出る。」と言われ,その指示に従って署名押印しただけで,それ以上の説明は一切受けていなかった。
この点につき,証人Hは,労災申請をするときに,病院で,原告から本件事故の態様を確認したと証言する。
しかし,被告Bが労働基準監督署に労働者死傷病報告書を提出したのは,本件事故が起きた直後の平成11年11月26日のことであるが,その
書類を提出した時点で既に,本件事故は原告の自損事故である旨の記載がなされていたのである。
労災申請がなされたのは平成12年2月ころであり,証人Hが申請前に原告から本件事故の状況を聞いたことはないと証言していることからすると,被告Bは,原告から本件事故の態様に関する事情聴取もしないで,労働基準監督署に事故報告をしていたことは明らかである。
かかる事実経過からすると,Hが労災の申請をするときになって初めて,本件事故の態様を原告に確認したというのは不自然といわざるを得ない。
また,そもそも韓国語を話すことができないHが,日本語を聞き取ることができない原告に,通訳人もつけずに,被告らが把握している事故の態様を詳しく説明できたとは思えないし,また,それに対し,原告が何と言っているのかをHが理
解できたとも思えないから,本件事故の態様を原告に確認したという証人Hの証言を信用することはできない。
被告らは,甲19の2の作業事故現場写真を根拠にして,「原告の主張する事故態様があり得ないだけでなく,被告らの主張(本件事故はワイヤー引き上げ時に起こったという主張)が客観的状況にも符合する。」と論じている。
しかし,甲19の2の作業事故現場写真に写っている客観的状況が,被告らの主張に符合しているとはいえないし,上記写真から,原告主張の事故態様があり得ないと断定することもできない。
すなわち,そもそも上記写真は,パイルが散乱した本件事故時の状況をそのまま写しているわけではない。
けだし,上記写真が,本件事故が起きたときの状況をそのまま写していたとするならば,甲19の2の写真10に写っている血痕がある付近に,原告の足を挟んだパイルが写っているはずであるが,上記写真にはそれが写っていない
からである。
また,原告を救出したGも,原告を救出するために,原告の足を挟んでいたパイルを撤去し,移動させた旨陳述している。
このように,本件事故が起きたときのパイルの状況をそのまま写しているわけではない上記写真から,原告主張の事故態様があり得ないと断定することには無理がある。
また,被告らは,上記写真に写っているパイルの状況は,被告らの主張と符合すると強弁しているが,どうしてそのような断定ができるのであろうか。
被告らは,甲19の2の写真5,6,8は,写真左隅のパイルの上6枚だけが作業台側に倒れており,これは先に置かれたパイルと後から運んできたパイルを接合しようと降ろした後で,後から持ってきたパイルを下から先に置いてあったパイルに引っ掛けて同じ方向に倒したことを示していると断定して
いる。
しかし,上記写真に写っているパイルの状況からそこまで断定的に物事を判断することはできない。
被告らは,甲19の2の写真4ないし8によれば,クレーンのブレーキに故障がない(いずれのクレーンも空中に止まっているが,クレーンのブレーキが壊れたのならば,クレーンのフック部分はつり下げるワイヤーが伸びるままに重力に負けて地面まで落ちるところ,この写真では,空中にあって,ブレーキが利いていることを如実に示している。)と主張するが,クレーンが落下したからといって,当該クレーンが地面までだらんと下がった状態になるとは限らない。
本件事故において本件クレーンが落下した原因については,種々の原因が考えられ,例えば,E工場に設置されているクレーンは,かねてから配線の接触不良等の故障を起こしていた
ことから考えると,本件クレーンも配線の接触不良によって,一時的にブレーキが利かない状態になったことが考えられる。
また,前記のとおり,長年にわたるクレーンの使用によりブレーキが摩耗してクレーンが落下したが,補助制動装置が働いて,地面に落下する前で止まったということも考えられる。
さらに,Gが本件事故後にクレーンを修理したと陳述していることからすると,被告らが,警察の現場検証がなされる前に応急的に故障個所を修理した可能性もないわけではない。
いずれにせよ,甲19の2の写真に写っているクレーンがすべて宙につられているからといって,クレーンが落下したという原告の主張が不合理であるということにはならない。
イ被告らの主張
本件事故の態様は,原告が,溶接するためにそろえて地面に降ろしたパイルを,ワイヤーの外し方が不十分なままクレーンの上昇ボタンを押したために,いったん降ろしたパイルの原告と反対側が上昇し,原告に向かってパイルが倒れたというものである。
すなわち,本件事故は,洗浄したパイルをまとめ,それを作業台に移動して溶接等の作業を行う段階で,まとめてあったパイルをクレーンを操作して移動し,鋼製枕木(地面とパイルとの間にすき間を作るために地面に置いてあるH型鋼材)の上に降ろして,クレーンを上げる際に生じている。
本来,2本のワイヤーでつってあるパイルを鋼製枕木に降ろす際には,クレーンに掛けてあるワイヤーを2本とも外すべきである。
ワイヤーを外した上でクレーンを上げれば,ワイヤーは地面に置かれた状態,パ
イルは鋼製枕木の上に置かれた状態となり,両方とも持ち上がらない。
仮に,原告が,パイルをつっていたワイヤーをクレーンのフックからすべて外すという手順を手抜きして,2本のワイヤーの片側のみを外すにしても,自分のいる側とは反対側を外せば,パイルは自分の立っている側が持ち上がり,自分の立っている側とは反対側に倒れるため,やはり本件事故は生じなかった。
また,原告が,ワイヤーがパイルと地面とのすき間に位置しているかどうか(パイルと鋼製枕木の間に挟まっていないかどうか)確認すれば,クレーンを上げたときに片側がクレーンのフックに掛かったワイヤーだけがパイルの下を抜けて持ち上がるから,本件事故は生じなかった。
本件事故の模様は,直接の目撃者が現存しないが,H,Iは,事故直後から事故の模様を聴き取って記憶し,Hは労働者死傷病報告(乙20)にも図入りで記載している。
すなわち,労災の申請をすることで,原告に補償がおりる可能性があることが分かったため,労働基準監督署に対して労働者死傷病報告をする必要が生じたことから,Hは,本件事故直後からI,N等から聞いていた事故の模様を確認し,書面化したものを持って,原告が本件事故に遭って間もない時期に中京病院に入院中の原告のもとを訪れ,事故の態様について原告の確認をとった。
Hは,労働者死傷病報告書を原告に見せ,図を示し,日本語を話すことはできなくても聞くことは6割方できていた原告に対し,自ら韓国語の辞書で翻訳するなどしながら,事故の状況を確認した。Hは
,労災の給付申請用紙,委任状に,原告の署名押印を得ているが,これはHが原告の入院する病院にて得たものである。
また,現場は事故直後に警察が現場検証に訪れ,事故後の写真(甲19の2)を残している。この写真によれば,以下のことが分かる。
1血のりの跡が残っている場所が,作業台の下であることから,原告が地面に降りて操作をしており,作業台とパイルの間に挟まれたこと(写真6,9,10)2原告の作業が,既にパイルの束が一つ置かれているところに,別のパイルの束を持ってきて起こったこと(写真5,6,8)
3原告の持ってきたパイルは,いったん置かれてその後事故が起き,さらにその後原告が救出されたこと(写真5,6,8。
写真左隅のパイルの上6枚だけが作業台側に倒れている。
これは先に置かれたパイルと後から運んできたパイルを接合しようと降ろした後で,後から持ってきたパイルを下から先に置いてあったパイルに引っ掛けて同じ方向に倒したことを示している。)
4クレーンのブレーキに故障がないこと(写真4ないし8。
原告が使用したクレーンが必ずしも特定されていないが,いずれのクレーンも空中に止まっている。
クレーンのブレーキが壊れたのならば,クレーンのフック部分はつり下げるワイヤーが伸びるままに重力に負けて地面まで落ちる。
この写真では,空中にあって,ブレーキが利いていることを如実に示している。)
本件事故後,原告を救出するため原告に倒れてきたパイルを反対側に倒したが,その後間もなく警察は来ており,これらの写真は事故後の状況をかなり正確に残したものである。
被告らが主張する態様が現実に生じ得ることは,ビデオ(乙12)撮影のとおりである。
いったん置いたパイルと地面に敷いてある鋼板との間にワイヤーが挟まった場合,クレーンを上昇させるとパイルが持ち上がって倒れる。
原告の事故に遭った位置,パイルの倒れ方等すべて符合する。
また,クレーンの構造上,ブレーキ装置が二重に設けられており,ブレーキは常にかかっており,操作ボタンを押すことでしかブレーキは解放されないから,突然落下することはあり得ない。
すなわち,本件事故が起きたE工場第2ヤードには,門型クレーン,天井クレーン,片門型クレーンとがあり,このうち屋外で洗浄したパイルを構内での作業に移すためには,片門型クレーンを使用する。
原告が本件事故時に使用した本件クレーンは,この片門型クレーンであった。
片門型クレーンは,片門型をした柱,梁の部分と,鋼材をつりワイヤーの巻き上げ等をする部分とで構成されている。
このうち,鋼材をつりワイヤーの巻き上げ等をする部分をホイストと呼び,片門型の梁の部分に取り付けられ,梁を移動するモーター(電動トロリ)と巻き上げモーター
を備えている。
クレーン自体は,柱の根元に走行モーターを備えており,この動力で移動する。
本件クレーンには,株式会社日立製作所製のホイストVシリーズ,電動トロリ付き普通型ホイストが設置され,使用されていた。
ホイストクレーンは,ロードブロックをモーター駆動によるワイヤーの巻き上げで上下させるが(この操作は手元まで下りているボタンスイッチによって行う。),ホイストには,ワイヤーの滑落を防止し一定スピードでの下降を可能にするブレーキユニット,万が一ブレーキの利きが甘くなるなどの際落下を確実に防止する補助制動ユニットが備わっている。
このように,ホイストには,ブレーキユニット,補助制動ユニットという二重のブレーキユニットが備わっているため,クレーン(つられているロードブロック)が突然落下す
るということはあり得ない。
通常のブレーキユニットは,何も操作をしない状態では,常に制動をかけている(静止させている)状態となっており,ボタンを離している限り,ブレーキは作動しているのであって,突然落下するようなことはない。
仮にブレーキの摩耗が著しい場合,ブレーキの制動力が足りずに荷が落下することが全くないとはいえないが,徐々に降りてくる程度(ブレーキの利きが甘い程度)であって,しかもこの状態では補助制動ユニットが作動するため,重力にまかせて落下するということはない。
仮にこのブレーキ両方が全く利かないとすると,常に静止しないでロードブロックが一番下まで降りてこなくてはおかしい。
もしそうなっていたならば,本件事故以前,以後を通じて出ているはずの症状である。
しかし,原告は,本件クレ
ーンでパイルの移動作業を行っていたものであり,しかも,細かく場所を調節する作業を行っていたというのであって,かかる作業をするためには,パイルをつった状態で上下方向について静止させておく必要があるが,かかる作業ができたことはすなわちブレーキが作動していたことを表している。
また,原告の受傷後,原告に乗りかかったパイルを移動するため,事故後直ちに本件クレーンを用いていることからも,異常がなかったことが明白である。
しかも,クレーンは非常に大きいもので,動きは非常に緩慢であり,突飛な動きは不可能である。
クレーンが移動する速度(梁自体の移動,ホイストの水平移動,ロードブロックの上下)は,規格上一定に定められており,緩やかな速度でしか動かない。
操作は,ボタンを押すか離すかしかなく,押せば緩やかな速度で動き,離せば止まる。
ロードブロックについていえば,下降は常にブレーキ制御の下でなされており,一定の速度に保たれている(ブレーキの異常のなかったことは前述)。
そのため,たとえボタンを押して下降させたとしても,その降下速度は緩やかなものにすぎない。この点でも,パイルの落下というのは不合理である。
通常のパイル運搬業務でも,クレーン操作をしながら揺れを抑えたりするために微調整をしながらの操作が欠かせず,おかしな動作があっても油断なく行えば対応が十分可能である。
原告が,常々同僚のFとしゃべりながら作業をしており,Nに叱責を受けたこと,本件事故の後も特に厳しくFが叱責を受けたことは,原告のわき見や手抜き作業があったことを示しているし,原告がわき見をしながらの作業であったことは,I,HがNから聞いている。
一方,原告主張の事故態様は不合理であり,原告は,本件事故の態様について,明確な主張をしていない。
原告は,当初,パイルの移動作業中,クレーンが突然止まり,その反動でフックに掛けたワイヤーが外れ,パイルが落下し,それがバウンドして自分の方に倒れてきたと主張した。
それが,クレーンで運んできていったん止まった時点でワイヤーが外れてパイルが崩れた,クレーンが落ちてきた,フックはそのままでワイヤーが落ちてきた,フックをつっているワイヤーが外れてフックが落ちてきてパイルが外れたと,言うたびに供述がころころと変遷している。
これでは,原告の供述を信用できないだけではなく,いかなる事故態様であったかが特定できない。
また,原告の主張,供述は,どれをとっても不可解である。
1 原告が運んでいたパイルはF型シートパイルであって,何枚も重ねて運搬するため重量がトン単位に及ぶものである。
これをワイヤーでフックに掛けるのであるが,つられている間ワイヤーはパイルの重量でフックに食い込み,外れようにも外れない。
もし掛け方が不十分であったら上げる際に外れることはあっても,つられてからでは無理である。
2 パイルは重いだけではなく,非常に硬い。
ボールやバネとは全く違う。
これが地面でバウンドするということはおよそあり得ない。
原告は,溶接のための位置調整をするため,パイルの移動作業をしていたとのことである。
この溶接のためパイルをつって移動するにしても,せいぜい地上10ないし20センチメートルつり上げれば十分である。
位置調整をするために細かく移動させるならなおさら高さは低くていい。
洗浄したパイルを屋内に移動する際の高さですら,せいぜい30ないし40センチメートル上げればいい方である。
鋼製枕木から10センチメートルの高さから,パイルが原告の主張するように勢いよく落下することなどそもそも考えられず,地上10センチメートルの位置からパイルが下がった程度で,かなりの重量のあるパイルが弾むとは到底考えられない。
万が一,自然落下したとしても,パイルの重量を考えれば弾むなどということはあり得ない。
3 クレーンは,それ自体かなりの重量があり,ボタンの誤操作等で止めたり反対側に動かそうとしても突然止まるということはない。
また,パイルは宙づりになっているので,クレーン(の水平方向の動き)が止まっても揺れる程度である。
いずれにしても,止まったショックでワイヤーが外れるというのはおかしい。
4 フックをつっているワイヤーが外れるなどということはおよそ考えられない。
写真を見ても,どのクレーンもしっかり宙づりのまま止まっている。
原告が主張するように,クレーンの故障でロードブロックが落ちたのだとしたら,途中で止まることはおかしい。
それは,前述のとおりブレーキの故障がなかったことも示している。
フックが落ちたという事故は,同じ仕事を20年来やっている者でも見たことのない事故である。
原告の主張,供述する事故態様は,いずれをとっても非現実的である。
(3)被告らの責任原因
ア原告の主張
(ア)被告Bは,原告の使用者として,雇用契約に付随する義務として,労働者である原告の生命及び健康などを危険から保護するよう配慮する義務(安全配慮義務)があるところ,本件事故は,安全配慮義務を怠ったために生じたものであるから,本件事故によって原告が被った損害を賠償する義務がある。
被告Bは,クレーンが故障してパイルが落下する危険性を十分認識していたにもかかわらず,E工場で働く労働者の身体の危険に対する安全策を何一つ講じていなかった。
前記のとおり,被告Bは,クレーンの点検修理を怠っていたし,また,原告に玉掛技能講習や5トン未満床上操作特別教育を習得させる義務があったにもかかわらず,それを怠り,危険なクレーン作業に原告を従事させていた。
また,被告Bは,雇用主として,原告を雇用保険に加入させる義務があったにもかかわらず,それを怠り,雇用保険未加入のまま,危険なクレーン作業に原告を従事させていた。
もし,被告Bが危険な作業をしている労働者の生命身体の安全のことを少しでも考えていたのなら,法律で定められた安全講習・教育を原告に受講習得させていたであろうし,また,雇用保険に加入させないまま危険なクレーン作業に原告を従事させることもなかったであろう。
被告Bのかかる態度からみても,被告Bには,労働者の生命身体の安全に対する十分な配慮が欠けていたことは明らかである。
なお,被告Bは,それだけでなく,本件事故が起きた1週間くらい後に,クレーンの業者を呼んで,事故を起こした本件クレーンを慌てて修理したり,原告の同僚のFやGに対し,「事故に関して調査があるかもしれないので,ヘルメットをかぶっておけ。」と指示し,本件事故の原因の隠ぺい工作もしていた。
以上の事実からも明らかなように,本件事故は,本件クレーンの故障により発生したものであり,被告Bは,クレーンの点検修理を怠った点や事故防止のための適切な安全策を講じていなかった点に過失(安全配慮義務違反)があるというべきである。
(イ)被告会社は,原告の使用者として,雇用契約に付随する義務として,労働者である原告の生命及び健康などを危険から保護するよう配慮する義務(安全配慮義務)があるところ,本件事故は,安全配慮義務を怠ったために生じたものであるから,本件事故によって原告が被った損害を賠償する義務がある。
(ウ)以上のとおり,被告らは,安全用のストッパーが欠落したクレーンを,修理もせずにそのまま使用し,原告に作業させていたのであるから,被告らに原告に対する安全配慮義務違反があったのは明らかである。
百歩譲って,仮に本件事故が原告の玉掛け作業のミスによって生じたものであったとしても,クレーンの資格を有しない原告を危険な作業に従事させていたのであるから,雇用主である被告らに安全配慮義務があったことは明らかである。
イ被告らの主張
(ア)被告Bは,原告との雇用契約の締結も,原告に対する作業の指揮命令もしておらず,被告Bが雇用主としての責任を問われるのは全く理由がない。
(イ)被告会社は,原告を雇用しておらず,E工場において安全配慮義務を負うべき立場にない。
被告会社は,専ら営業中心の業務であり,従業員は本件事故当時でも社長を含めて4人,名古屋市熱田区aの事務所を拠点に従事していた。
受注した鋼板の加工等の作業は,被告会社からE工場の各業者(D,O等)に発注し,当然のことながら各業者が自己の監督指導の下で業務を行っていた。
特に,Dは,E工場の設備を所有し,独自に鋼板加工等を行っていたのであり,単なる発注元の被告会社が直接Dの業務に口出しすべき立場にはなかった。
Dが破産宣告を受けたのは,平成11年11月5日と本件事故の直前であり,それまでDのL社長の弟であるMが工場で指揮をとり,同人が不在のときにも受注済みの仕事はFらDの従業員の判断で行っていた。
本件事故時には,被告Bや被告会社の従業員のHは,Dが破産宣告を受けたという事実を知るや知らずの時期であり,外形的には何らDが稼働していたときと違いがなかった。
かかる折りに,降ってわいたように被告会社に安全配慮義務が生じるというのは実態に合わず不合理である。
(4)過失相殺の要否
(ア)被告らの主張
原告は,身体の正面に大きなけがを負っている。
万が一,クレーンが変な動きをしたとしても,つっているパイルは非常に重いもので,鈍重な動きしかしないことに照らしても,これを注視していれば事故は未然に防げた。
にもかかわらず,原告が自分の身体の正面に大きなけがを負ったということは,クレーンの動きを注視しないままに作動させていたことを示している。
原告がかかる受傷をするような事故態様は,原告自身の過失なくして考えられない。
原告は,Dに平成10年に入り,クレーン作業を本件事故まで1年半以上行ってきたから,通常のクレーンの作業は覚えていて当然である。
本件事故は,いわゆる手抜きやわき見といったことが基で起こっており,安全教育以前の問題である。
もとより,被告らが原告に対する安全教育義務を負うものではないが,仮に負うとしてもかかる行為は被告らによって防ぎようがない。
本件事故は,原告が自ら招いたとさえいえるもので,原告の過失割合は極めて大きい。
原告は,作業台の上でなく,作業台とパイルの間の地面あるいは床上鋼材の上で作業をしていた。
原告は外すべきワイヤーを残したままクレーンを上昇させた。
原告は,少なくとも自分と反対側のワイヤーを外せばよいものを,自分側のワイヤーだけを外してクレーンを上昇させた。
原告は,Dでクレーン,玉掛けを扱っていたので,これらの作業を普通に行うことは当然できたし,そうすべきであった。
しかし,原告はこれらの作業を怠った。
また,パイルが倒れるのはよほどのことで,注視していればパイルの動きに合わせてクレーンの動きを調節できて当然である。
原告が事故に遭ったのは,本件事故後,Nが言っていたように,Fと無駄話をしながらわき見をしていたことが大きく起因している。
被告らは,かかる行為に対していかんともできない。
原告の過失割合は,本件事故の大部分を占める。
(イ)原告の主張
本件事故の具体的な態様は前記のとおりであり,原告は被告らの指示に従って作業をしていただけであって,原告に過失は全くない。
これに対し,被告らは,本件事故は原告の自損事故であると勝手に決めつけるが,そもそも被告らは本件事故を目撃していない。
また,被告らは,原告に対し,本件事故の具体的態様についての事情聴取を全くしていない。
にもかかわらず,何ゆえ被告らは,本件事故が原告の自損事故であると断定することができるのであろうか。
被告らは,「原告が自分の身体の正面に大きなけがを負ったということは,クレーンの動きを注視しないままに作動させていたことを示している。」と自分勝手に決めつけている。
しかし,予期せぬ出来事が起きた場合,とっさに適切な回避行動をとることもできないことは十分あり得ることであるから,たとえ原告が自分の身体の正面に大きなけがを負ったとしても,それをもって,原告がクレーンの動きを注視しないままに作
動させていたということにはならない。
被告らの主張には明らかな論理の飛躍がある。
結局,被告らは,種々の理由を挙げて,原告に相当の過失があると主張するが,そのいずれも全く根拠がない。
(5)原告の損害額
ア原告の主張
(ア)原告は,本件事故により,以下のような損害を被った。
1治療費(薬代,入院雑費も含む)10万5458円
2文書料(雑費をふくむ) 1万3395円
3休業損害387万4078円
本件事故前3か月間の平均給与額29万8006円に基づき,13か月間の休業期間の休業損害を計算すると,387万4078円(29万8006円×13か月)となる。
4後遺症逸失利益 1463万1498円
原告の症状固定日は平成12年12月7日,症状固定時の年齢は49歳(昭和26年3月30日生まれ),労働能力喪失率は35パーセント(障害等級9級),稼働年数は18年(49歳から67歳),ライプニッツ係数は11.690,基礎収入(年収)は357万6072円(29万8006円×12か月)に基づき計算すると,1463万1498円(357万6072円×0.35×11.690)となる。
被告らは,原告がオーバーステイの外国人であることを理由として,日本における将来の就労可能性を否定する。
しかし,現在の実務上の取扱いによると,大韓民国人の場合,たとえオーバーステイで国外退去処分を受けたとしても,5年の期間を経過すれば再入国は可能であり,日本で就労することも十分可能である。
また,そもそも,被告らは原告がオーバーステイであることを知りながら雇用し,日本人労働者より安い賃金で働かせ,多大な利益を取得していたものである。
もし,本件事故がなければ,被告らは原告を引き続き雇用していたものと思われる。
にもかかわらず,本件事故が起きるや否や,雇主である被告らが原告の日本における就労可能性を否定するのは,信義則に反するものといわざるを得ない。
さらに,原告の本件事故前3か月の平均
給与月額は29万8006円であるが,これは日本における賃金センサスによる平均給与額と比較してもかなり低額である。
よって,原告の逸失利益を算定するに当たっては,原告の本国(大韓民国)における賃金水準に基づいて算定すべきではなく,日本における賃金水準に基づいて算定すべきである。
なお,仮に大韓民国における賃金水準に基づいて算定すべきであるとしても,原告は,来日する前,大韓民国において,建築関係の内装の仕事に従事していたものであるから,被告らが主張するような全産業平均の賃金水準ではなく,技術労働者の賃金水準に基づいて,その算定をすべきである。
平成12年の大韓民国の統計によれば,49歳高卒男性の技術労働者の月額賃金は,173万3251ウォンである。
また,大韓民国の場合も,日本の場合と同様,毎月の給与のほかに賞与を支給するのが慣例となっているから,原告の年収を算定するについても,年間賞与(年間特別給与)を加算する必要があり,平成12年の大韓民国の統計によれば,49歳高卒男性の技術労働者の平均年収額は,2781万2968ウォン(ただし,原告はその算式について
173万3251ウォン×12か月+701万2956ウォンと主張しているので,2781万1968ウォンの誤記と認められる。)となり,これを100ウォン10.26円のレートで換算すると,285万3610円(ただし,上記のとおり,2781万1968ウォンの誤記であれば,285万3507円)となる。
さらに,仮に被告らが主張するように,全産業の平均に基づいて平均年収額を算定するとしても,月額賃金だけでなく,年間賞与(年間特別給与)も加算して計算すべきである。
乙13の大韓民国労働部の統計によると,49歳高卒男性の全産業平均の月額賃金は,153万7130ウォンであり,年間賞与(年間特別給与)は,502万6668ウォンであるから,かかる数値に基づいて年収額を算定すると,その額は,2347万2228ウォン(153万7130ウォン×12か月+502万6668ウォン)となり,これを100ウォン10.26円のレートで換算すると,240万8250円となる。
5傷害慰謝料399万円
原告の入院期間は平成11年11月10日から平成12年11月7日までの約12か月であり,通院期間は平成12年11月8日から平成12年12月7日までの約1か月である。
なお,近年,日本の物価水準と大韓民国の物価水準との間にほとんど差がなくなっていることにかんがみると,原告の慰謝料を算定するに当たって,原告の母国(大韓民国)の物価水準を殊更に考慮して算定する必要性はない。
6後遺障害慰謝料 680万円
原告の後遺障害の等級は9級20号である。
7弁護士費用 230万円
本件訴訟は,そもそも被告らが,原告を雇用した事実を殊更に否認し,原告からの損害賠償請求に応じようとしなかったため,提訴を余儀なくされたものである。
しかも,原告は大韓民国人で日本語の読み書きができない上,日本の法律の知識も全くないため,原告本人自らが裁判を提起することは事実上不可能である。
それゆえ,原告が自らの権利を擁護して裁判を提起するためには,弁護士に委任せざるを得なかった。
よって,かかる弁護士費用は,本件事故と相当因果関係のある損害として認定すべきであり,その損害額は,請求金額の約1割に相当する230万円が相当である。
(イ)原告は,労災保険から,休業補償給付として269万2035円,障害補償一時金として448万6725円の給付を受けたので,前記休業損害の残額は118万2043円(387万4078円269万2035円),後遺症逸失利益の残額は1014万4773円(1463万1498円448万6725円)となる。
なお,原告は,労災保険から,療養補償給付として7万7350円の給付も受けているが,前記治療費には療養補償給付により補填された損害はあらかじめ除外してあるので,これを控除する必要はない。
また,原告は,労災保険から,休業特別支給金,障害特別支給金の支給も受けているが,これらはいずれも社会保障目的のために支給されたものであり,控除の対象とならないことは,既に確立した判例である。
(ウ)以上によれば,原告の損害金合計は,2453万5669円(10万5458円+1万3395円+118万2043円+1014万4773円+399万円+680万円+230万円)となる。
イ被告らの主張
(ア)逸失利益について
原告は,不法滞在の大韓民国人であった。
日本にいずれいられなくなることは明白で,基準は大韓民国のものによるべきである。
大韓民国労働部の統計(乙13)によれば,49歳高卒男性の全産業平均の月額賃金は153万7130ウォンであり,これを日本円に換算すると15万7709円(換算レート100ウォン10.260円)となるから,各損害の計算の基礎にはかかる数値を用いるべきである。
(イ)慰謝料について
これも大韓民国の基準によるべきである。
賃金センサスの比較でも,大韓民国は日本の2分の1ないし3分の2程度である。
(ウ)損益相殺について
原告は,労災保険から休業補償給付として269万2035円,障害補償一時金として448万6725円の給付を受けたが,原告には後記のとおり大きな過失があるので,これを勘案した上で損益相殺がなされなければならない。
原告は,休業特別支給金,障害特別支給金は,損益相殺の対象にならないと主張する。
しかし,原告は,既に上記特別支給金の給付を受けており,社会福祉の目的は果たされていること,上記特別支給金には,今後の治療等によって生じる損害の填補の意味も含まれていることから,損益相殺の対象とすべきである。
(エ)弁護士費用について
原告は,労災補償の給付を受け,治療その他の問題を解決できたことで,当初,被告Bに感謝もしていたが,どういうわけか突如豹変し,被告Bが原告に労災補償がおりるように整えた外形があるのを奇貨として,本件訴訟に及んだものである。
かかる訴訟のための弁護士費用は,本件事故の損害とはならない。
(6)被告Bの不当利得の有無
ア原告の主張
被告Bは,津島労働基準監督署から,休業補償給付として269万2035円,休業特別支給金として89万7345円を原告のために代理受領したが,原告に対し,そのうち284万5780円しか引き渡さず,残金の74万3600円を渡さなかった。
上記給付金は原告が受給権を有するものであり,被告Bはそれを取得する法律上の原因を欠くものであるから,被告Bは上記74万3600円を原告に返還する義務を負う。
被告Bは,平成11年12月に,入院中の原告に30万円を支払ったと主張するが,そのような事実は存在しない。
被告Bは,原告には,E工場内の宿舎の宿泊費用12万円の支払義務があると主張する。
しかし,本件事故が起きるまで,原告がE工場内の宿舎に宿泊していたことは事実であるが,本件事故が起きた直後,被告Bは,原告の荷物を勝手に整理し,部屋の外に放置し,原告が使用していた部屋の明渡しを断行した。
放置された原告の荷物は,平成11年12月ころ,原告の妻が回収した。
なお,原告が使用していた部屋は,被告Bが別のオーバーステイの外国人労働者(ミャンマー人)に賃貸した。
したがって,原告は,被告Bに対し,宿舎の賃料の支払義務はない。
被告Bは,本件事故当日,原告の診療費として1万3900円を立替払した旨主張するが,そのような事実はない。
被告Bが支払った保険料は,事業主として,被告Bが当然負担しなければならない保険料であって,それを原告が負担しなければならない理由はない。
被告Bが労災保険の申請のために要した交通費や休業損害についても,本来,被告Bが事業主として当然負担すべき費用であって,それを原告が負担しなければならない理由はない。
以上のとおり,被告Bには,74万3600円の不当利得返還請求を拒絶する正当な理由はない。
イ被告Bの主張
被告Bは,平成11年12月下旬,入院中の原告に対し,Hを介して,30万円を支払っている。
また,労災補償を受ける手続上,原告の住所はE工場内の宿舎にしてあるが,その宿舎の宿泊費用として12万円(月額1万円かける12か月)を原告は被告Bに支払わなくてはならない。
被告Bは,本件事故当日,原告の診療費として,1万3900円を立替払いしてい被告Bは,原告について,方便として後から労災に加入したため,保険料8万2127円の支払を余儀なくされている。
被告Bは,労災申請のために申請費用を支出したのみならず,本来自己の従業員でない者について労災申請をしたために,労働基準局との折衝等に何度も足を運ばなければならなかった。
また,被告Bは,原告の入院直後から,本来何らの義務もないのに,人道上の見地から,治療や入院の手配をし,病院に赴き,面会をし,保険でまかなえるようにと尽力した。
被告Bは,これらにかかった交通費,本来の業務ができなかったことによる多大な休業損害相当の損害を負った。
以上を勘案すれば,被告Bは,原告に対して,74万3600円の返還義務を負わない。
むしろ,かかる金額を相殺してなお残る金額について,原告に支払義務がある。

第3 当裁判所の判断

1 争点(1)(原告と被告らの雇用関係)について
(1)争いのない事実に甲17,18の1,2乙15,16,証人H,原告本人,被告B本人及び後掲証拠並びに弁論の全趣旨によれば,以下のとおりの事実を認めることができる。
ア原告は,大韓民国籍の男性であり,Dの従業員として,被告会社が建物を所有するE工場の一画で稼働していた。
Dは,E工場の一画で,自己所有のクレーン設備等を使用して,被告会社の下請け等の仕事をしていたが,平成11年9月10日と同年10月10日に手形不渡りを出して事実上倒産し,同年11月5日には破産宣告を受けた。
イDが平成11年9月10日に手形不渡りを出した当時,Dには3名の大韓民国人労働者(原告のほかに通称の日本人名がFとG)と数人の日本人労働者及びミャンマー人労働者が働いていた。
DのL社長は,平成11年9月10日に第1回目の手形不渡りを出した後,E工場に顔を出さなくなり,同年10月10日に第2回目の手形不渡りを出した後は所在不明となった。
ウL社長が平成11年9月ころからE工場に顔を出さなくなったため,Dの従業員らは,どうしたらよいか途方にくれていた。
すると,被告会社の従業員であるHがGのところにやってきて,Dで働いていたときと同じ条件で,Aにおいて雇うから,そのままここで働かないかと提案した。
Gは,原告及びFと相談し,大韓民国人労働者3名のリーダー格であったFが雇用条件についてHと交渉した結果,Hの提案を受け入れ,Aこと被告Bの従業員として働くことにした。
エ平成11年10月分の原告の給料は,同年9月分までのDの給料明細書(甲8,9)ではなく,「B」という係印が押捺されたAの給料明細書(甲7)が同封されたE工場でDが使用していた給料袋(甲6)により支給されたものであり,Aの給与台帳(乙3)には,原告,F及びGに対してAが給料を支払っていた旨の記載がある。
オ被告Bは,原告がAの従業員であったとして,本件事故について労災の認定申請をし,津島労働基準監督署から,本件事故について是正勧告書(乙4)を交付され,これに対する是正報告書(乙5)を提出した。
(2)以上認定の事実によれば,原告は,それまで稼働していたDが倒産したことに伴い,Dへ仕事を発注していた被告会社を経営する被告Bに,Hを介して,直接雇用されたものと認めることができる。
(3)これに対し,被告Bは,被告Bと原告との間に雇用契約が締結されたことを否定し,以下のとおりの主張をし,証人H,被告Bは,これら主張に沿う証言,供述をしている。
被告Bは,そもそもAはE工場とはかかわりがなく,その従業員がE工場で働いていたことはない旨主張する。
しかし,Dが事実上倒産し,これに発注していた被告会社が,Dの従業員に引き続き仕事をしてもらうため,被告会社を経営する被告BにおいてDの従業員を直接雇用することを考えることは極めて自然なことというべきであり,D倒産以前においてはAがE工場と関係がなかったからといって,そのことが被告Bにおいて原告を直接雇用したことを否定するに足りる事情ということはできない。
なお,証人Hも,DのL社長が行方不明となった状態でDの従業員に作業を続けてもらうため,間違いなく給料はAで支払うとの約束があったと考えている旨証言しており,Dの倒産によりAがE工場にかかわるようになったことを肯定している。そして
,前記認定のとおり,平成11年10月分の原告の給料が,「B」という係印が押捺されたAの給料明細書が同封された給料袋により支給され,Aの給与台帳には,原告,F及びGに対してAが給料を支払っていた旨の記載があること,被告Bは,原告がAの従業員であったとして,本件事故について労災の認定申請をしていることに照らせば,原告は,被告Bに直接雇用されたものと優に認めることができる。
これに対し,被告Bは,Dが手形不渡りを出した後も,Dの従業員は,引き続きDのヤードでDが受注した仕事をL社長の弟のMや親方格のFの指揮を受けて行っていたものである旨主張する。
しかし,前記認定のとおり,Dが事実上倒産し,L社長が所在不明になった以上,Dから給料の支払がなされる確実な見込みはないのであって,そのような状況下で,なおDの従業員がDの従業員として引き続きDが受注していた仕事を行っていたということは極めて不自然であって,前記認定のとおり,Hから,従前と同じ条件で直接雇用する旨の申し入れがあったことから,これに応じて仕事を継続したものと認めるのが合理的である。
被告Bは,Dの従業員に対し平成11年10月以降の給料を直接支払った経緯について,L社長から,被告BのDに対する請負代金の中から,Dの従業員の賃金に相当する部分を支払ってやってもらえないかとの依頼があったので,L社長に代わって支払った旨主張する。
しかし,請負代金の一部支払というのであれば,前記認定のとおり,平成11年10月分の原告の給料について,Aの給料明細書による給料支給の形をとり,また,Aの給与台帳にその旨の記載があることと整合しないといわざるを得ない。
なお,被告Bは,原告に本件事故による労災給付を受給させるため,原告を雇用した外形を作出した旨主張するが,そうであれば,本件事故後もなおAの給与台帳にF及びGに対してAが給料を支払っている旨記載していることの合理的理由が明らか
でない。
被告Bは,原告の雇用主として,本件事故についての労災申請をした経緯について,原告の不遇と病状の深刻さを見かねて,人道的見地から,労働基準監督署に対して虚偽報告になってしまうことも覚悟して,原告に何らかの補償を受けさせるための便法として,形式的に雇用主となって労災保険の申請に踏み切ったものである旨主張する。
しかし,前記認定のとおり,被告Bは,津島労働基準監督署から,本件事故について是正勧告を受け,これに対する是正報告書を提出するなどの不利益を被っているほか,前記のとおり,被告Bは,原告を労災に加入させるため,保険料8万円余りの支払を余儀なくされたほか,労働基準局との折衝等に何度も足を運ばなければならなかったことなどによる交通費や本来の業務ができなかったことによる多大な休業損害相
当の損害を負った旨主張しているところ,そのような不利益を負ってまで,被告Bが下請の従業員にすぎない原告のために虚偽申請までしてその救済を考えたということは極めて不自然といわざるを得ない。
以上によれば,原告との雇用契約を否定する被告Bの主張並びにこれに沿う証人Hの証言及び被告Bの供述はたやすく採用することができない。
(4)前記認定の事実によれば,原告は,被告Bに雇用されたものと認められるのであり,原告が被告会社に雇用されたものと認めるに足りる証拠はない。
2争点(2)(本件事故の態様)について
(1)争いのない事実に甲4の1ないし4,17,18の1,2,19の2,乙1,4ないし6,8ないし12,15ないし17,20,21の1,4,12,証人I,同H,原告本人,被告B本人及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおりの事実を認めることができる。
ア原告は,平成11年11月10日午前8時30分ころから,E工場で作業を始めた。
当日は,他の大韓民国人労働者のF,Gと共同して,3メートルくらいの長さのパイルと4メートルくらいの長さのパイルを溶接して,7メートルくらいの長さのパイルを製造する作業を行うことになっていた。
FとGは,E工場の外で,パイルを洗浄の上,不ぞろいの長さのパイルを切断し4メートルの長さに切りそろえる作業をし,原告は,工場の中で4.9トンクレーンである本件クレーン(乙6添付の「クレーン配置図」に記載の9のクレーン)を操作して,FとGが切りそろえた4メートルくらいの長さのパイルを工場の外から中へ運び,溶接がしやすいように,4メートルくらいの長さのパイルの端と3メートルくらいの長さのパイルの端をそろえて並べる作業に取りかかった。
イ同日の作業を開始して間もないころ,原告が,4メートルくらいの長さのパイルと3メートルくらいの長さのパイルを溶接するため,4メートルくらいの長さのパイルを十数枚重ねたものを本件クレーンを操作して工場の外から中へ運び,これを鋼製枕木(地面とパイルとの間にすき間を作るために地面に置いてあるH型鋼材)の上に降ろし,クレーンのフックに掛けた2本のワイヤーのうち原告側の方のみを外してクレーンを上げ始めたところ,ワイヤーがパイルと鋼製枕木の間に挟まれていたため,重ねたパイルが原告の方に倒れてきた。
原告は,とっさの出来事であったため,倒れてきたパイルを避けることができず,原告の後ろにあった作業台とパイルの間に両足を挟まれ,両側大腿,下腿骨解放性骨折,右膝窩動静脈断裂,両側下腿広範囲皮膚欠
損創の傷害を負った。
(2)ア以上の本件事故の態様については,原告以外に直接の目撃者は現存していないところ,原告は,4メートルくらいの長さのパイルと3メートルくらいの長さのパイルの端をきちんと合わせるため,クレーンの可動スイッチと停止スイッチを交互に押して,パイルの位置の調整をしていたところ,動いていたクレーンが突然停止し,クレーンをつっているワイヤーが下に伸び,パイルをつっているクレーンごと下に落ち,パイルが地面に落ちた反動でパイルをつっていたワイヤーが緩み,クレーンのフックから外れ,ワイヤーが外れたパイルは,地面に落ちた反動で原告の方に倒れてきた旨陳述(甲17)し,また,甲17の陳述書の内容は自分の記憶と合っているとしつつ,原告がクレーンをいったん止めたところ,スイッチを押していないのにクレーン
が落ちてきた,パイルが床に落ちているときにパイルに巻いてあるワイヤーが外れて原告の方になだれかかってきた,クレーンが止まったときにパイルをくるんでいるワイヤーが外れた,フックはそのままで,フックにつながっているワイヤーが外れた,ワイヤーだけが外れたもので,クレーンは落ちていない,ワイヤーが外れてパイルが落ちてきた,クレーンが止まった瞬間にパイルをくるんでフックに掛けるワイヤーが外れて,パイルが原告の方に倒れてきた,最初はフックについているワイヤーが外れてパイルが落ち,そのパイルが落ちる拍子にパイルを巻いているワイヤーが外れた,最初フックをつっているワイヤーが下がってきて,それで地面に着いて,それでパイルが落ちたので,その拍子にフックに引っ掛けてあるワイヤーが外れた,運んできた
パイルをつっているワイヤーが外れたのは,同パイルが鋼製枕木の上に置かれたHパイルの上に落ちたときである,ワイヤーは,積んであったHパイルと新しく持ってきたパイルの間に挟まらないように,位置を考えて,パイルがない位置にワイヤーを巻いており,本件事故のときもこれを確認している旨供述している。
イ原告の前記陳述と供述の内容は,陳述では,動いていたクレーンが突然停止したとあるのに対し,供述では,原告がいったん停止させたとするもので,停止の原因が食い違っている。
そして,供述の内容は,当初は,クレーンが止まった瞬間にクレーンが落ちて,パイルをつっていたワイヤーが外れたという趣旨のものであり,パイルが地面に落ちた(着いた)反動でパイルをつっていたワイヤーが緩み,ワイヤーが外れたとする原告の主張に沿うものではなかった。
しかるに,その後,フックをつっているワイヤーが下がって,パイルがHパイル上に落ちた拍子にパイルをつっているワイヤーが外れたという趣旨の原告の主張に沿う供述に変わっている。
以上のように原告の陳述と供述の内容に食い違いがあり,また,供述内容は,当初は原告の主張に沿うものではなかった。
そして,原告は,前記のとおり,運んできたパイルをつっているワイヤーが外れたのは,同パイルが鋼製枕木の上に置かれたHパイルの上に落ちたときであり,ワイヤーは,積んであったHパイルと新しく持ってきたパイルの間に挟まらないように,位置を考えて,パイルがない位置にワイヤーを巻いており,本件事故のときもこれを確認している旨供述しているが,かかる供述は,そもそも,E工場における原告が本件事故当時に行っていたクレーン操作による作業状況を再現した乙12のビデオテープの内容に照らせば,運んできたパイルが,鋼製枕木の上ではなく,鋼製枕木の上に置かれた原告のいうHパイルの上に落ちるというこ
と自体不合理であり,また,甲19の2に写っている鋼製枕木の上に置かれた原告のいうHパイルの形状に照らせば,運んできたパイルについて,Hパイルのない位置にワイヤーを巻くことは不可能といわざるを得ない。
以上によれば,本件事故の態様についての原告の陳述,供述は,食い違いがあったり,供述が変遷したり,あるいはあいまいな部分があるなど,たやすく採用することができないといわざるを得ない。
ウ本件事故の態様についての原告の主張は,本件クレーンが作動中,突然停止した上,本件クレーンをつっているワイヤーが下に伸び,つっていたパイルごと下に落ち,パイルが地面に落ちた(着いた)反動でパイルをつっていたワイヤーが緩み,本件クレーンのフックから外れたというものであり,本件クレーンのブレーキ装置が故障していたことを前提とするものである。
E工場にあったD所有の各クレーンについて,原告は,これが故障がちであった旨陳述(甲17),供述し,Gの陳述書(甲18の1,2)にも同趣旨の記載がある。
しかし,原告は,前記のとおり,4メートルくらいの長さのパイルと3メートルくらいの長さのパイルの端をきちんと合わせるため,本件クレーンの可動スイッチと停止スイッチを交互に押して,パイルの位置の調整をしていた旨主張しているところ,そのような作業ができたということは,本件事故の直前まで本件クレーンのブレーキ装置等に故障はなかったものということができる。
また,乙8ないし10及び弁論の全趣旨によれば,本件クレーンは,片門型をした柱,梁の部分と,鋼材をつりワイヤーの巻き上げ等をする部分とで構成されており,このうち,鋼材をつりワイヤーの巻き上げ等をする部分がホイストと呼ばれ,片門型の梁の部分に取り付けられ,梁を移動するモーター(電動トロリ)と巻き上げモーターを備えていること,クレーン自体は
,柱の根元に走行モーターを備えており,この動力で移動すること,本件クレーンには,株式会社日立製作所製のホイストVシリーズ,電動トロリ付き普通型ホイストが設置され,使用されていたこと,ホイストクレーンは,ロードブロックをモーター駆動によるワイヤーの巻き上げで上下させるが,ホイストには,ワイヤーの滑落を防止し一定スピードでの下降を可能にするブレーキ装置と,万が一ブレーキの利きが甘くなって荷が加速落下した場合に働く非常用ブレーキである補助制動装置の二重のブレーキ装置が備わっていることが認められ,これが両方とも突然故障するということは容易に想定し難いことというべきである。
さらに,乙6によれば,平成11年10月1日に株式会社名古屋工業所においてE工場のD所有の15台のクレーンについて年
次点検をした結果ではいずれにも異常はなかったことが認められる。
そして,本件事故直後に蟹江警察署の警察官が撮影した甲19の2の写真4ないし8によれば,E工場のD所有のクレーンは,いずれも空中に止まっており,ブレーキが利いているものと認めることができる。
以上によれば,本件クレーンのブレーキ装置に故障があったことが本件事故の原因であるとする原告の主張はたやすく採用することができない。
これに対し,原告は,本件クレーンに二重のブレーキユニットが備わっていたとしても,それが故障していたとすれば,本件のような事故が起きることも十分あり得るものであり,通常では起こり得ないような事故が起きたということは,経験則上,本件クレーンに何らかの異常(故障)があったとみるのが自然であるとし,甲19の2の写真に写っているクレーンが空中に止まっていることについて,配線の接触不良によって,一時的にブレーキが利かない状態になったことや,長年にわたるクレーンの使用により主ブレーキのブレーキライニングが摩耗し,その限界を超えたため,クレーンが落下したが,クレーンが地面に落ちる前に補助制動装置が働いてクレーン自体は空中で止まった(ただし,クレーンがつっていたパイルは地面に落下し,その衝撃で
パイルをつっていたワイヤーがクレーンのフックから外れた。)ということ,さらには,被告らが,警察の現場検証がなされる前に応急的に故障個所を修理した可能性もないわけではない旨主張する。
しかし,本件事故の態様が前記認定のとおりであるとすれば,通常では起こり得ないような事故ということはできず,本件事故の結果から本件クレーンの二重のブレーキ装置がいずれも故障していたものと推認できるものではない。
そして,配線の接触不良によって,一時的にブレーキが利かない状態になったと認めるに足りる証拠はない。
また,主ブレーキのブレーキライニングが摩耗してクレーンが落下し,補助制動装置が働く前にパイルが地面に落下したという場合,主ブレーキのブレーキライニングの摩耗によって生じたクレーンの落下速度が,パイル
をつっていたワイヤーがフックから外れるほどの衝撃をもたらすものと認めるに足りる証拠もない。
これに対し,原告は,本件クレーンでつったパイルは,一番低い部分でも,地表から約40ないし50センチメートルの高さがあり,もともとしっかりと固定して重ねられていたわけではなく,1枚のパイルの長さは4メートルくらいあり,かなり不安定な状態であったから,その重ねたパイルが地面に落下した衝撃でバウンドし,荷崩れを起こして原告の方に倒れてくることは十分あり得ることであって,そのような事態が起きることは絶対にないと断定することはできない旨主張する。
しかし,前記のとおり,主ブレーキのブレーキライニングが摩耗してクレーンが落下した場合の落下速度が地面に着いたパイルのバウンドをもたらすほどのものであると認
めるに足りる証拠はなく,原告の主張は単なる憶測の域を出るものでない。
さらに,被告らが警察の現場検証がなされる前に応急的に故障個所を修理したと認めるに足りる証拠もない。
さらに,原告は,乙6の天井クレーン点検報告書から,本件事故の時点で異常がなかったとはいえないとし,同報告書が本件事故発生の39日も前のものであることを挙げる。
しかし,本件事故直前の作業において,本件クレーンに故障があったとは認められないことは前記のとおりである。
次に,原告は,同報告書に記載の点検日の当時は,Dが手形の不渡りを出して事実上倒産し,社長の行方も分からないような混乱した状態であり,そのような状況において,Dがクレーンの点検を受けていたというのは余りに不自然である旨主張する。
しかし,平成11年10月1日の点検日当時は,Dが第2回目の手形不渡りを出す前であって,定期に行われるクレーンの年次点検ができないほどに混乱した状況にあったと認めるに足りる証拠はない。また,原告は,
E工場にあるクレーン15台の510の点検項目のすべてに異常がないというのもかえって不自然であり,クレーンのフックに安全用ストッパーの欠落及び瑕疵という異常があったにもかかわらず,これが見落とされ,一切記載されていないことからすると,定期点検が本当に行われたのかそれ自体疑わしいし,仮に定期点検が行われたとしても,その点検の仕方は極めて杜撰といわざるを得ない旨主張する。
しかし,乙6によれば,クレーンのフックのストッパーそのものが点検対象となっていたとは認められず,乙6の記載内容自体から,その記載に信ぴょう性がないということはできない。
(3)他方,証人H,乙16,20,21の1,4,12によれば,Hは,本件事故後,N等から事故の状況を聴いたところ,パイルを降ろし,クレーンを上げたときにパイルが手前に倒れてきて足が挟まったものである旨の話があったこと,Hは,平成11年11月26日に津島労働基準監督署に提出した労働者死傷病報告(乙20)に「加工の為,取り合わせした鋼材を集めて束にして溶接の仮付け場所へ,クレーンにて運び,ワイヤーを外した時にワイヤーが下の定盤とに挟まりそれを無理にクレーンで外そうとして鋼材が手前に倒れ溶接用定盤との間に挟まれて複雑骨折したもの」と記載したこと,Hは,原告からも,入院中の病院において,本件事故の模様について1時間くらいの時間をかけて確認したこと,原告は,日本語の読み書きはできなかった
が,聞き取りについては半分くらいは分かっていたので,図を用いて説明しながら,韓国語の言葉を辞書で引くなどして,本件事故の態様について確認したところ,上記労働者死傷病報告に記載したような事故態様であったことが確認されたこと,Hは,平成12年2月29日と同年12月28日に津島労働基準監督署に提出された労災保険に係る給付請求書等(乙21の1,4,12)の災害の原因及び発生状況の欄に「第2ヤード加工場にて,加工の為,取合わせした鋼材を集めて束にし,溶接の仮付場所へ,クレーンにて運び,ワイヤーを外した時に,ワイヤーが下の定盤とに挟まりそれを無理にクレーンで外そうとして,鋼材が手前に倒れ溶接用定盤との間に足を挟まれ複雑骨折したもの」などといずれも同趣旨の記載をしたこと,その各給付請求書等
の請求人,申請人の欄には,いずれも原告の署名押印がされていること,平成14年になって,HがFにHが把握している上記のような本件事故の態様について確認したところ,Fは,Hの説明にうなづいていたことが,それぞれ認められる。
そして,証人Iも,本件事故の態様についてNから聞いた内容として,前記認定の事故態様に沿う証言,陳述(乙17)をしている。
これに対し,原告は,Nなる人物は,既に死亡しており,その供述内容に係る証言は伝聞にすぎず,具体的にどのような供述をしていたのか明らかでなく,そもそもNなる人物が本件事故現場に本当にいたかも定かでないし,仮にいたとしても,Nは本件事故が起きた瞬間の状況を目撃していたわけではないから,かかる人物の事故態様に関する供述も単なる憶測にしかすぎない旨主張する。
しかし,原告の事故態様についての陳述,供述の内容がたやすく採用できないことは,前記のとおりであり,乙12のビデオテープのE工場におけるクレーンの引き上げ操作によりパイルが倒れる状況を再現した内容に照らせば,Nが述べていたという事故態様の方が,本件クレーンのブレーキ装置の故障を原因として主張する原告の主張よりも合理的というべきであり
,伝聞であるというだけで,Nの供述内容が証拠価値がないということはできない。
また,原告は,原告に対する本件事故の態様に関する事情聴取が全くされておらず,原告が労災の申請書類に署名押印したのは,Hから,名前を書いて判子さえ押せば保険金が出ると言われ,その指示に従って署名押印しただけで,それ以上の説明は一切受けておらず,日本語を読むことができない原告が,労災の申請書類の内容について,具体的な説明をされたことは一切ない旨主張し,原告は,これに沿う供述,陳述(甲17)をする。
しかし,被告Bは本件事故について労災として申請しているのであるから,原告が本件事故について事情を聴取されたことが全くないということはたやすく措信できず,前記認定のとおりの態様で原告に対する事故態様の確認を行ったとする前記証人Hの証言,陳述(乙16)の方が信用することができる。これに対し,
原告は,被告Bが,原告から本件事故の態様に関する事情聴取もしないで,労働基準監督署に原告の自損事故である旨記載した事故報告をしていたことは明らかであり,かかる事実経過からすると,労災の申請をするときになって初めて,本件事故の態様をHが原告に確認したというのは不自然といわざるを得ない旨主張する。
しかし,証人Hは,労災申請の前に原告に事故状況を聴いていないとしつつ,労災の報告書を書いた時点で病院で確認している旨証言しているところ,乙20と乙21の1の各受理年月日に照らし,原告が主張するとおり,被告Bが労働基準監督署に乙20の労働者死傷病報告を提出した時点では,原告から事故態様について確認していないとしても,同報告書には,N等から聴取した内容に基づいて事故態様を記載し,その後,労災
の申請書を提出する際に,改めて原告に事故態様の確認をした上で,原告の署名押印をしてもらうということは,何ら不自然なことではないというべきである。
(4)以上によれば,本件事故の態様については,前記認定のとおりと認めるのが相当である。
3争点(3)(被告らの責任原因)について
(1)ア前記認定のとおり,被告Bは,本件事故時において,原告を雇用していたものであり,雇用契約に付随する義務として,労働者である原告の生命,身体を危険から保護するよう配慮する義務(安全配慮義務)を負っていたものと解される。
イ乙4によれば,原告が本件事故時に行っていたクレーンを使用しての作業については,つり下げ荷重が1トン以上のクレーンの玉掛けの業務に,技能講習を修了していない原告を就かせていたこと,つり下げ荷重が5トン未満のクレーンの運転(床上操作)を行う原告に対し,法定の特別教育を行っていないことという労働安全衛生法違反の事実があったことが認められる。
また,原告本人,証人H,被告B本人によれば,原告が,Dの倒産によりその監督を受けなくなった後,E工場で引き続き被告会社発注の仕事を継続して行うようになったにもかかわらず,被告Bにおいて,原告の玉掛け資格やクレーン運転(床上操作)の特別教育受講の有無を確認することなく,本件事故時に行っていたと同様のクレーン作業に従事させたものであり,日々の作業について,原告らを監督する者はおらず,その安全を確保するための教育,注意,指導等を行うことも全くなかったことが認められる。
ウ以上によれば,被告Bは,原告の使用者として,原告に対する安全確保のための教育,注意,指導等を全く行うことなく,監督者も置かず,玉掛けの技能講習の修了やクレーン運転(床上操作)の特別教育の受講が必要で,本来原告が行うことのできない業務に原告を従事させていたものであるところ,前記認定の本件事故の態様に照らせば,玉掛けのワイヤーを外してクレーンを上昇させた際に本件事故が発生しているのであるから,本件事故の原因は,被告Bの安全配慮義務違反に起因するものといわざるを得ない。
(2)被告会社については,前記認定のとおり,E工場の建物を所有し,Dに対する発注をしていたとは認められるものの,原告を雇用していたと認めることはできず,また,発注者の立場で原告に対する個別的な作業指示をしていたとも認めるに足りる証拠はなく,原告に対する安全配慮義務を負っていたものと認めることはできない。
4争点(4)(過失相殺の要否)について
(1)本件事故の態様は,前記認定のとおり,原告が,4メートルくらいの長さのパイルを十数枚重ねたものを本件クレーンを操作して工場の外から中へ運び,これを鋼製枕木の上に降ろし,クレーンのフックに掛けた2本のワイヤーのうち原告側の方のみを外してクレーンを上げ始めたところ,ワイヤーがパイルと鋼製枕木の間に挟まれていたため,重ねたパイルが原告の方に倒れてきたが,とっさの出来事であったため,倒れてきたパイルを避けることができず,原告の後ろにあった作業台とパイルの間に両足を挟まれ,両側大腿,下腿骨解放性骨折等の傷害を負ったというものである。
(2)被告らは,原告が自分の身体の正面に大きなけがを負ったということは,クレーンの動きを注視しないままに作動させていたことを示しており,本件事故は,いわゆる手抜きやわき見といったことが原因で起こったものであり,安全教育以前の問題で,原告が自ら招いたとさえいえるもので,原告の過失割合は極めて大きい旨主張する。
そして,証人Iは,本件事故直後,NがFに対し,よそ見をして原告とFがしゃべりながらクレーン作業をしたことについて,しかりつけているのを何回も聞いた旨証言し,また,事故後,Nに事故の模様を聴くと,原告とFが話をしながらよそ見をして作業をしていたために起こったものであるとの説明があった旨陳述(乙17)し,被告Bも,本件事故後1週間くらいしてから,Nに事故の態様について聴いたところ
,Fと原告が話をしてよそ見をしていて,ワイヤーが下にかんでいるのに構わずクレーンを持ち上げたため事故が起きた旨の説明があった旨供述する(乙15の陳述書では,Fと原告が話をしてよそ見をしていた旨聞いたとの陳述はない。)。
しかし,前記認定のとおり,Hが記載した労働者死傷病報告や労災の各申請書には,災害の原因及び発生状況として,よそ見,おしゃべりの点は記載されておらず,また,原告本人,甲17,18の1,2によれば,前記認定のとおり,本件事故当時,FとGは,E工場の外で,パイルを洗浄の上,不ぞろいの長さのパイルを切断し4メートルの長さに切りそろえる作業をしていたものと認められるのであり,原告がFと話をしてよそ見をしていたために本件事故が起きたものとはたやすく認めることができない。
証人Iも,原告とFが本件事故当時E工場内で一緒に作業している状況を現認しているものではないことを認めている。
そうすると,本件事故が手抜きやわき見といったことが原因で起こったものであるとする被告らの主張はたやすく採用することができない。
また,原告本人,甲17によれば,前記認定のとおり,パイルが倒れてきた際,とっさの出来事であったため,倒れてきたパイルを避けることができず,原告の後ろにあった作業台とパイルの間に両足を挟まれたものと認められるのであって,原告が自分の身体の正面に大きなけがを負ったからといって,そのことが,原告がクレーンの動きを注視しないままに作動させていたことを示しているということはできない。
(3)もっとも,前記認定の本件事故の態様は,本件クレーンでパイルを鋼製枕木の上に降ろし,クレーンのフックに掛けた2本のワイヤーのうち原告側の方のみを外してクレーンを上げ始めたところ,ワイヤーがパイルと鋼製枕木の間に挟まれていたため,重ねたパイルが倒れてきたというものである。
そして,そのような状態でクレーンを引き上げるとパイルが倒れる危険性が高いことは,玉掛けの技能講習の修了やクレーン運転(床上操作)の特別教育の受講がなくても容易に理解できるものというべきであり,そのような不注意な作業を行った原告にも本件事故の原因となった過失があるといわざるを得ない。
しかし,原告が本件事故時に行っていたクレーン作業は,原告が適法に行い得るものではなく,本来原告にさせてはいけないものであったのであり,かかるクレーン作業について,使用者である被告Bから,安全確保のための教育,注意,指導等は全く行われておらず,監督者も置かれていなかったのであるから,そのことが,上記のように不注意な作業により原告が受傷するに至った主たる原因というべきである。
これに対し,被告らは,原告がクレーン作業を本件事故まで1年半以上行ってきたから,通常のクレーンの作業は覚えていて当然である旨主張するが,かかる主張は,玉掛けの技能講習の修了やクレーン運転(床上操作)の特別教育の受講を必要としている労働安全衛生法の趣旨を否定するものであり,採用することができな以上によれば,原告にも本件事故の原因となった過失があると認められるが,その過失の割合は3割と認めるのが相当である。
5争点(5)(原告の損害額)について
(1)甲3,4の1ないし4,17,乙21の1,弁論の全趣旨によれば,原告は,本件事故により,両側大腿,下腿骨解放性骨折,右膝窩動静脈断裂,両側下腿広範囲皮膚欠損創の傷害を負い,いったん,愛知県厚生農業協同組合連合会海南病院に運ばれた後,中京病院に転送され,同病院おいて手術を受け,平成11年11月10日から平成12年2月17日まで同病院に入院し,その後笠寺病院に転院し,リハビリテーションを受けるかたわら,月に1度くらいの割合で中京病院に通院して主治医の診察を受けていたこと,平成12年11月7日に笠寺病院を退院した後は,名古屋市南区にある医療法人財団善常会リハビリテーション病院に通院してリハビリテーションを行っていたこと,その後,平成12年12月7日,中京病院の医師から,両腰,足関
節の可動域制限,筋力低下の障害の部位による症状固定の診断を受け,平成13年2月ころ,労働基準局から後遺障害9級20号の認定を受けたことが認められる。
(2)原告は,本件事故により,以下のとおりの損害を被ったものと認められる。
1治療費(薬代,入院雑費を含む) 18万2808円
甲10の1ないし18によれば,原告は,治療費(薬代,入院雑費を含む)として,10万5458円を支払ったことが認められるほか,原告が労災保険から7万7350円の療養補償給付の支給を受けていることは当事者間に争いがなく,弁論の全趣旨によれば,同額の治療費がかかっていることが認められるから,その合計額は18万2808円(10万5458円+7万7350円)となる。
2文書料(雑費を含む)1万3395円
甲11ないし15,16の1,2によれば,原告は,文書料(雑費を含む)として,1万3395円を支払ったことが認められる。
3休業損害385万1967円
前記認定の原告が本件事故から症状固定の診断を受けるまでの経緯によれば,原告は,平成11年11月10日から平成12年12月7日まで,本件事故による受傷のため休業せざるを得なかったものと認められる。
そして,原告の本件事故前3か月間の所得税控除前の給料額は,平成11年8月分が29万1750円(甲9),同年9月が25万5750円(甲8),同年10月分が34万6520円(31万3520円+3万3000円。
甲7)であるから,その平均月額は,29万8006円((29万1750円+25万5750円+34万6520円)÷3。円未満切り捨て)となる。
そうすると,平成11年11月10日から平成12年12月7日までの休業期間による休業損害を算定するには,月額29万8006円に基づいて算定するのが相当と認められ,これに基づいて算定すれば385万1967円(29万8006円×(12か月+21日÷30日+7日÷31日)。
円未満切り捨て)となる。
4後遺症逸失利益 976万7078円
前記認定のとおり,原告の症状固定日は平成12年12月7日であり,原告本人によれば,原告の生年月日は,昭和26年3月30日と認められるから,症状固定時の原告の年齢は49歳である。
そして,前記認定のとおり,原告は,後遺障害9級20号の認定を受けているのであるから,その労働能力喪失率は35パーセントと認めるのが相当である。
ところで,原告本人によれば,原告は,本件事故当時,いわゆるオーバーステイ状態で稼働していた大韓民国人であることが認められる。
このような資格外就労外国人の逸失利益を算定するには,不法就労者が日本で就労可能と認められる年数については,日本において得ていた賃金額を基礎とし,その余の就労可能期間については母国賃金を基準として算定するのが相当である。
そして,甲17によれば,原告は,平成10年3月ころ来日して,Dで稼働するようになったものであることが認められ,本件事故の日までに現に1年8か月以上就労していたものであるから,本件事故がなければなお3年間は日本において就労可能であったと認めるのが相当である。
そうすると,49歳から52歳までの3年間については,前記認定の月額29万8006円の本件事故前3か月間の平均賃金月額に基づき算定するのが相当である。
また,52歳から67歳までの15年間については,原告本人によれば,原告の最終学歴は高卒であると認められるから,大韓民国の高卒男性の全産業全年齢平均賃金に基づいて算定するのが相当であり,平成12年度大韓民国労働部統計である乙13によれば,その月額賃金は133万3389ウォンであり,年間特別給与は374万7946ウォンであると認められ,乙14によれば,100ウォンを10.26円と換算するのが相当と認められるから,その平均賃金は年額202万6207円((133万3389ウォン×12か月+374万7946ウォン)÷100×10.26。円未
満切り捨て)となる。
以上により,原告の逸失利益をライプニッツ係数を用いて中間利息を控除して算定すれば,976万7078円(29万8006円×12か月×0.35×2.7232+202万6207円×0.35×(11.68952.7232)。
円未満切り捨て)となる。
5傷害慰謝料300万円
前記認定のとおり,原告の入院期間は平成11年11月10日から平成12年11月7日までの約12か月であり,通院期間は平成12年11月8日から平成12年12月7日までの約1か月であるところ,原告がいわゆるオーバーステイの大韓民国人であることもしんしゃくの上,その傷害慰謝料については,300万円と認めるのが相当である。
6後遺障害慰謝料 650万円
前記認定のとおり,原告の後遺障害の等級は9級20号と認められるところ,原告がいわゆるオーバーステイの大韓民国人であることもしんしゃくの上,その後遺障害慰謝料については,650万円と認めるのが相当である。
(3)原告が,労災保険から,療養補償給付として7万7350円,休業補償給付として269万2035円,障害補償一時金として448万6725円の給付を受けたことは当事者間に争いがない。
労災保険給付の控除と過失相殺の先後関係については,まず過失相殺をして損害賠償額を減額の上,対象となる損害項目から労災保険給付の控除をして調整を行うべきものと解される。
そうすると,3割の過失相殺をした後の原告の損害額は,前記(2)の1の治療費が12万7965円(18万2808円×0.7。
円未満切り捨て),同2の文書料が9376円(1万3395円×0.7。
円未満切り捨て),同3の休業損害が269万6376円(385万1967円×0.7。
円未満切り捨て),同4の後遺症逸失利益が683万6954円(976万7078円×0.7。
円未満切り捨て),同5の傷害慰謝料が210万円(300万円×0.7),同6の後遺障害慰謝料が455万円(650万円×0.7)となる。
そして,前記療養補償給付7万7350円は1の治療費12万7965円から,前記休業補償給付269万2035円は3の休業損害269万6376円から,前記障害補償一時金448万6725円は4の後遺症逸失利益683万6954円からそれぞれ控除されて調整される。
したがって,労災保険給付との調整後の原告の損害額は,1の治療費が5万0615円(12万7965円7万7350円),2の文書料が9376円,3の休業損害が4341円(269万6376円269万2035円),4の後遺症逸失利益が235万0229円(683万6954円448万6725円),5の傷害慰謝料が210万円,6の後遺障害慰謝料が455万円となり,合計額は906万4561円(5万0615円+9376円+4341円+235万0229円+210万円+455万円)となる。
なお,被告らは,労災保険からの,休業特別支給金,障害特別支給金も損益相殺の対象とすべきである旨主張する。
しかし,これらはいずれも社会保障目的のために支給されたもので,損害賠償額からの控除の対象とならないと解すべきであり,被告らの主張は採用することができない。
(4)本件訴訟の追行状況等に照らせば,弁護士費用相当額として80万円が本件事故により原告が被った損害と認めるのが相当である。
(5)以上によれば,原告の損害合計額は,986万4561円(906万4561円+80万円)となる。
6争点(6)(被告Bの不当利得の有無)について
(1)被告Bが,津島労働基準監督署から,休業補償給付として269万2035円,休業特別支給金として89万7345円を原告のために代理受領し,そのうち284万5780円を原告に引き渡したことは当事者間に争いがない。
(2)被告Bは,平成11年12月下旬,入院中の原告に対し,Hを介して,更に30万円を支払っており,また,労災補償を受ける手続上,原告の住所をE工場内の宿舎にしてあるので,その宿舎の宿泊費用12万円(月額1万円かける12か月)を原告は被告Bに支払わなくてはならず,他に,被告Bは,本件事故当日,原告の診療費として,1万3900円を立替払いし,原告の労災加入のための保険料8万2127円の支払を余儀なくされ,労災申請をしたため,労働基準局との折衝等に何度も足を運ばなければならず,これらにかかった交通費,本来の業務ができなかったことによる多大な休業損害相当の損害を負ったものであるから,74万3600円の返還義務を負わず,むしろ原告に支払義務がある旨主張する。
そして,証人Hは,平成11年の11月か12月ころ,労災からの交付金が出る前に,笠寺病院に入院していた原告のところに被告Bが支出した30万円を持っていって渡し,領収書は後でもらうことにしたが,そのままになってしまった旨証言し,被告Bも,これに沿う供述をし,乙3には,被告Bが,平成11年12月31日付けで原告に対し30万円を仮払いした旨の記載がある。
しかし,前記認定のとおり,原告は平成12年2月17日まで中京病院に入院し,その後笠寺病院に転院したものであるから,証人Hの証言は現金授受の場所について事実と相違するものといわざるを得ない。
そして,原告本人は,上記30万円の受領を否定する供述をしており,その支払を裏付ける領収書等の客観的証拠も存在しないことに照らせば,前掲証拠からたやすく上記30万円の授受の事実を認めることはできないというべきである。
また,原告がE工場内の宿舎の宿泊費用12万円を被告Bに支払わなくてはならないとの点については,前記認定のとおり,原告がDの倒産に伴い被告Bに雇用されるようになってから本件事故に遭うまでは2か月もないのであり,原告本人によれば,原告は,Dに勤務していた当時から本件事故に遭うまでE工場にある寮に居住していたが,本件事故後は,他の従業員が原告が居住していた部屋を使用するようになった旨Fから聞いたことが,甲8,9によれば,原告がDに勤務していた当時,寮費を給料から控除されたことはないことが,証人Hによれば,被告会社所有のE工場の寮の家賃について従業員から支払ってもらっていたかどうか分からないことが,被告B本人によれば,被告会社がDから寮の家賃分の支払を受けたことはなく,工場の使用料と
して一括で支払ってもらっていたものであり,本件事故後,原告の部屋にだれが住んでいるかについては余り関知しなかったことが,それぞれ認められる。
そうすると,原告が,Dに勤務していたころから,寮費について自ら負担していたものと認めることはできないのであり,その後,原告が被告Bに雇用されるようになってから,被告Bに対し,1か月1万円の寮費の支払を約するなど,被告Bが主張する宿泊費用の支払義務を負ったものであり,その未払額が12か月分の12万円に達したものと認めるに足りる証拠はない。
さらに,被告Bが,本件事故当日,原告の診療費として,1万3900円を立替払いしたことについては,甲2の被告Bの代理人が原告の代理人あてに出した回答書にもその旨の記載がなく,これを認めるに足りる証拠はない。
そして,原告の労災手続のために被告Bが要した費用や被った損害の点については,前記認定のとおり,原告が被告Bに雇用されたものと認められる以上,それらの費用や損害については雇用主である被告Bにおいて当然にこれを負担すべきものであり,これを原告に請求できると解すべき根拠はない。
(3)以上によれば,原告は,被告Bに対し,被告Bが原告のために代理受領した269万2035円及び89万7345円から引渡し済みの284万5780円を控除した74万3600円について不当利得返還請求権を有すると認めることができる。

第4結論

以上によれば,原告の請求は,被告Bに対し,1060万8161円(損害賠償請求権986万4561円+不当利得返還請求権74万3600円)及びこれに対する内容証明郵便による催告の日の翌日である平成13年4月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,被告Bに対するその余の請求及び被告会社に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

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